読売KODOMO新聞で、自然写真家3人による連載が始まりました。
動物写真家の前川貴行さん、水中写真家の中村卓哉さん、そして昆虫写真家のぼくで、
交替で紙面を飾ります。文章は、記者さんが「聞き書き」という形で、写真家が話した
内容を要約して記事にします。毎週木曜日発行(連載は毎月第3木曜日の号に掲載)で、
購読料は月額550円(税込)ですので、小学生のお子さんがいらっしゃるご家庭では、
ぜひご検討いただければと思います。https://434381.yomiuri.co.jp/kodomo/
ぼくの初回は、2月20日号となります。

 さて、前々回の記事で、虫たちの不思議な行動や、思いがけない場面について
書きましたが、意外性ということでは、今回のできごとも相当なものです。

少し前になりますが、1月下旬という厳冬期に、どうやらベランダの
コクチナシの鉢植えで、オオスカシバ(スズメガ)の幼虫が育っていたようなのです。
コクチナシというのは、クチナシを矮小化した園芸品種ですが、
鉢植えのままコンパクトに維持できるので、
狭いベランダで一定の大きさを超えないように管理するのに向いています。
夏にはオオスカシバが産卵し、幼虫の姿が見えることがありますが、
冬になっても常緑の葉の傷がだんだんと広がっていくように見えて、
おかしいな? と思っていました。

コクチナシの鉢植えは、冬はそれほど水分を必要としませんが、
月に一度はじょうろで水をかけます。1月23日にじょうろで水をかけたところ、
ベランダのコンクリの上に、コクチナシの枝から何かがぽとっと落ちました。
拾い上げてみると、かなり新鮮な、死んだばかりと思われるオオスカシバの幼虫でした。
クチナシの枝から落ちたオオスカシバ幼虫の死骸
「クチナシの枝から落ちたオオスカシバ幼虫の死骸」

育ち具合は、おそらく4齢といったところでしょう。
孵化から3度の脱皮を経て、ここまで成長してきたことになります。
死んでからおそらく1、2日程度と思われる新鮮さでした。
5齢が終齢で、その後はさなぎとなりますから、晩秋に卵が孵ってから、
低温下で少しずつここまで成長し、ついに力尽きたということでしょうか。
もう少し早く気づいていれば…と悔やまれます。

敷石の下で越冬していたオオスカシバのさなぎ
「敷石の下で越冬していたオオスカシバのさなぎ」

オオスカシバの越冬態はさなぎであり、幼虫での越冬例は全く知りません。
クチナシは各地で庭や公園によく植えられているものですが、
自然状態での自生地は東海地方より南で、この南方系の植物を食樹とするオオスカシバも、
やはり南方系の種です(分布の北限は北関東)。
決して寒さに強いはずはないのに、吹きっさらしのベランダで
幼虫が1月まで成長を続けていたというのは驚きでした。

オオスカシバは、蛾のなかではベスト3に入るほど好きな昆虫で、
羽化の際に、本種ならではのドラマチックな展開がある虫です。
蛾として、当たり前のように鱗粉をまとった状態で羽化してくるのに、
ファーストフライトの最初のはばたきで全ての鱗粉を宙に飛ばしてしまい、
その後は、ハチのように透明なはねで活動します。

羽化直後で、まだ鱗粉をまとっているオオスカシバ
「羽化直後で、まだ鱗粉をまとっているオオスカシバ」

通常、チョウや蛾のはねの鱗粉は、はねにただ「載っている」のではなく、
ソケットと呼ばれるくぼみから「生えている」という表現をするのが妥当ですが、
オオスカシバのはねには、このソケットがないのか、あるいは、不完全なのか、
そのへんはよくわかりませんが、アップで見ると、鱗粉の形はチョウ目の昆虫として
ごく普通の花びら形をしており、瓦屋根のようにそれが重なり合っているのも
一般的な構造です。

オオスカシバの鱗粉
「オオスカシバの鱗粉」

土の中で蛹から脱出し、地上に這い出て手近な木の枝ではねを伸ばした後、
最初のはばたきで鱗粉を盛大にまき散らして離陸する。
この一連のシーンは全て撮影に成功していますが、全部まとめて発表できる機会がなく、
鱗粉を散らす決定的瞬間だけが、過去にナショナルジオグラフィック誌(日本版)や
小学館の図鑑(NEO昆虫)などで使われたにすぎません。
ぼく自身の本では、やはり全く同じカットですが、
『ポケット版 身近な昆虫さんぽ手帖』(世界文化社)や、
表紙そのものがオオスカシバという『調べてみよう 名前のひみつ 昆虫図鑑』(汐文社)
で、鱗粉が飛び散る瞬間の写真をご覧いただけます。

『調べてみよう 名前のひみつ 昆虫図鑑』(汐文社)
『調べてみよう 名前のひみつ 昆虫図鑑』(汐文社)

オオスカシバは関東平野では普通種ですが、一度も交尾している姿を見たことが
ありません。孵化の場面も最初から撮れてはいないので、
今年の夏は、本種の一生の中で欠落しているシーンを埋めていきたいと思っています。
 1月25日に、総勢9名で神奈川県内の自然公園へフユシャク(冬に発生する蛾の
グループの総称。メスははねが退化しており飛べない)の観察に行ってきました。
『テントウムシハンドブック』の阪本優介さん、『日本のトンボ』の尾園暁さん、
『手すりの虫観察ガイド』のとよさきかんじさんなど、今をときめく人気作家たちと
ご一緒させていただき、いつもよりテンションが上がります。

フユシャク観察会では恒例ですが、日中にいったん夜のコースを巡回し、
その後、早めの晩ごはんを食べに行って、日が暮れるタイミングで現場に戻ってきます。
日中にも思わぬ拾い物があるかもしれないし、コース下見の意味もあって、
夜間の再巡回を、いっそう安全・確実なものとします。

手すりに止まるナミスジフユナミシャクのオス
「手すりに止まるナミスジフユナミシャクのオス」

『手すりの虫観察ガイド』のとよさきさんへの表敬訪問なのか、
さっそく、ナミスジフユナミシャクのオスが手すりでお出迎え。

その後も、本来は夜行性のフユシャクの姿をチラホラ見かけましたが、
日中はフユシャク以外の虫を見つけるのも楽しみのひとつで、
マルカメムシの越冬集団や、ムツボシテントウ、ハロルドヒメコクヌスト、
マダラマルハヒロズコガの幼虫などが見つかりました。

ハロルドヒメコクヌスト
「ハロルドヒメコクヌスト」

それにしても、「ハロルドヒメコクヌスト」って、すごい名前の虫ですね。
ハイカラな前半と、純・和風の後半(穀盗人)が、あまりにもちぐはぐ過ぎます。
命名者は「ジョン万次郎」みたいにしたかったんだろうか。
名前の後半で「盗人」とディスらなくても…という気の毒な名前。
こんな地味な虫を同定してくれた阪本さんに感謝です。

これだけの人数だと、色々な虫が見つかる
「これだけの人数だと、色々な虫が見つかる」

9人の虫屋の目で探すと、色々な虫が次々に見つかります。
当初の雨予報も、超自然的な? 虫屋パワーで撃退してしまった感じでした。

夜間の第二部が本番
「夜間の第二部が本番」

ファミレスで腹ごしらえをし、しっかり体も温めた上で、夜の部がスタートしました。

ナミスジフユナミシャクのオス
「ナミスジフユナミシャクのオス」

日中は、はねを畳んで休んでいたナミスジフユナミシャクも、いつでも飛び立てる態勢。

シロフフユエダシャクの交尾ペア
「シロフフユエダシャクの交尾ペア」

多くのフユシャクは、撮影のためにライトを点けるとそれまで立てていたはねを畳み、
交尾中のメスを覆い隠してしまいますが、たまにはこんな個体もいて助かります。
ほかのメンバーがすでに撮影を終えた後も、こうしてはねを立てたままの交尾態勢で
ぼくを待ち、サービスしてくれました。

ウスバフユシャクの交尾ペア
「ウスバフユシャクの交尾ペア」

上で述べた「交尾中のメスを覆い隠す」というのは、こういうことですね。
しかしこのケースは、止まっていた場所とオスの止まり角度がよかったため、
交尾態であることがわかる写真となりました。

クモに襲われるウスバフユシャクのオス(1)
「クモに襲われるウスバフユシャクのオス(1)」

立て看板の上で、クモに襲われるウスバフユシャクのオス。
Tさんが見つけてくれましたが、ちょうど襲いかかる決定的な場面をご覧になったとのこと。
クモの種名は、目下調査中です。

クモに襲われるウスバフユシャクのオス(2)
「クモに襲われるウスバフユシャクのオス(2)」

「冬に発生するフユシャクは、クモやカマキリなどが活動できない季節に活動することで、
天敵の捕食圧から逃れています」という定説を、これまで人に話したり本に書いたりして
きましたが、活動中の天敵も少ないながら存在する、ということですね。
公園のトイレで、クモの網にかかっていたフユシャクも見ました。

シモフリトゲエダシャクのメス
「シモフリトゲエダシャクのメス」

今回のハイライトはこれ。
大型のフユシャクで、あのチャバネフユエダシャクのメスより、
さらにひとまわり大きい感じで、ただ者ではないと思わせる圧倒的な存在感があります。
チャバネフユエダシャクのメス(12月がピークで、今の時期はもう終了間際です)は、
その巨体と白黒まだらの独特な模様から、「ホルスタイン」というあだ名で呼ばれており、
日本のフユシャク界の大スターですが、このシモフリトゲエダシャクのメスも、
女王のような品格を感じさせる上質の「毛皮」をまとっており、
何かよいあだ名を持てたなら、ホルスタインなみの人気が出るのでは? と思いました。

1月の夜の森は、さすがに寒かったけれど、すばらしい1日となりました。
ご一緒してくださったみなさん、ありがとうございました!
 年末最後のブログ記事で、食用昆虫による経口でのアナフィラキシー・ショックに
ついて書きましたが、昨年6月に翻訳が出た『昆虫食と文明』(築地書館)によると、
食用のカイコの蛹由来のアナフィラキシー・ショックが、中国では毎年1000件以上出ている
そうですね。中国では、人々がカイコに触れる機会が多い(=アレルゲンへの暴露量が多い)
からではないかと書かれていました。昆虫食について書かれた本はたくさんありますが、
こうした危険性についての記述がある本は非常に珍しく、昆虫食の有用性についての記述量と
比較して、マイナスの情報量が著しくバランスを欠いた状態であると言えるかもしれません。
逆に、「事例は多いが、研究は進んでいない」のであれば、若い研究者にとっては、
まさに論文を量産できる分野なのではないでしょうか。

 さて、ここしばらく撮影に出ていないので、昨シーズンのできごとをふり返ってみたいと
思います。おもしろい行動や不思議な現象、3点をご紹介しましょう。

まず1つ目。
初夏(5月)のイボタノキで見つけた、寄生バチの繭に覆われたナンカイカラスヨトウ(蛾)
の幼虫。

寄生バチの繭に覆われたナンカイカラスヨトウの幼虫
「寄生バチの繭に覆われたナンカイカラスヨトウの幼虫」

繭が、イボタノキのつぼみ(画面左)そっくりに見え、
寄生するものと、されるものとの、いわば「共同作業」で、
みごとな隠蔽擬態(カムフラージュ)を作り上げていました。
もし、ナンカイカラスヨトウの食樹がイボタノキ限定ならば、
寄生バチの生存戦略としてこういう方向に進化が誘導されてきた
という説明もつくかもしれませんが、
実際には、ナンカイカラスヨトウは利用できる樹種の多い虫なので、
おそらくこれは単なる偶然でしょう。

寄生バチの繭に覆われたナンカイカラスヨトウの幼虫(ストロボ撮影)
「寄生バチの繭に覆われたナンカイカラスヨトウの幼虫(ストロボ撮影)」

夜間にストロボ撮影をすると、このように繭がハッキリと写ります。
日中に撮った写真とは別の個体ですが、それだけ多くのナンカイカラスヨトウの
幼虫がこの寄生バチの寄生を受けていたということです。

2つ目は、水生昆虫の王者タガメ。 7月の撮影です。

自分が「流産」した卵から吸汁するタガメのメス
「自分が「流産」した卵から吸汁するタガメのメス」

メスが、水中に放卵した自分の卵に口吻を突き刺し、中身を吸って(食べて)いる場面です。
タガメの産卵行動は、必ずオスの補助を必要とし、メス単独では卵を産むことができません。
水中から突き出た杭や抽水植物の茎などに、何十個もかためて卵を産むわけですが、
オスは孵化までの間、卵塊(らんかい)に留まって卵の世話をします。
具体的には、水中と往復して卵に水分を与え続け、
外敵が来れば、鋭い爪を具(そな)えたカマのような前脚で闘い、卵塊を守ります。
メスは、産みっぱなしで去っていき、そのままエサを食べるにまかせておくと、
孵化前の卵塊からまだ離れられないオスよりひと足先に、次の産卵行動が可能になります。

オスに助けてもらわなければ絶対に産卵できないわけですから、
産卵衝動が切迫してきたメスは、狂ったようにオスを探し回ります。
飼育下でオスと引き離しておくと、飼育水槽のガラス面をのぼろうとさえします。
実際にはガラス面をのぼることはできないので、爪がガラスを引っ掻くだけとなり、
キーキー・カチャカチャと不快な騒音が水槽周辺に鳴り響くことになります。
飼育のベテランは、この音でメスが産気づいたことを察知し、
オスと一緒にするわけです(産気づいていないうちからオスを一緒にしておくと、
オスの方が小さいので、食べられてしまう危険性があります)。

オスがまだ卵塊保護中で、メスと一緒にしてやれるフリーのオスがいない場合は、
産気づいたメスは身重のまま何日も持ちこたえることはできず、
「キーキー・カチャカチャ」から、1、2日のうちに水中に卵を放卵(=流産)して
しまいます(全ての卵が死産となります)。

放卵した卵の中身を吸うのは、栄養分の回収ということでは意味がありますが、
いくら自分が放った卵とはいえ、これが「食べてよいものである」ということが
彼女によく理解できたな…と思います。
「動くものはエサ、動かないものはエサとして認識しない」のが普通ですから、
動かない卵に関心を示すというのは、意外な反応でした。

最後は、アゲハの「謎の口吻出し」です。

アゲハのメスの塩対応?
「アゲハのメスの塩対応?」

9月下旬の撮影です。
目の前で空中停止飛行をしながら熱心に求愛を続けるオスを無視して、
アゲハのメスが、畑の支柱先端で何かを吸うしぐさをしていました。
しかし、彼女が去ったあとで先端部分を見ましたが、
そこに何らかの液体があるようには見えません。

このメスは、面倒なオスが近寄ってきた時に、とっさに支柱を花に見立て、
「エア吸蜜」しながら、「あなたには関心がないわ」アピールをしてみせたのでしょうか。
まるで、カウンターで話しかけても、手に持ったグラスの中のカクテルから目を離さずに、
氷をカチャカチャ言わせながら目も合わせてくれない女性の
「塩対応」を思い起こさせるようなシーンでした。

メスはこのあと、ひらりと舞い上がり、追いかけたオスは一瞬で振り切られました。
アゲハのシーズンもそろそろ終りという時期で、
このオスにもう一度出会いのチャンスがありますように…と祈りながら
秋の空を見上げました。
 あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、仕事の撮影機材については、この上なく保守的なぼくが、
昨年は久々に新しいカメラを導入した年となりました。
現在主力で使っている仕事カメラについて、ご紹介をしたいと思います。

これまでの不動の主力機は、ニコンD7000という一眼レフカメラで、
2010年発売の古い機種です。もう10年経ちましたね。同じものを6台持っています。
発売時点では12万円台であったと思いますが、発売中止後に買った3台は、
値崩れして新品でも6万円台とか、最後には4万円台になっていました。

機材に求めるものは人それぞれですが、
ぼくにとってニコン製の一眼レフカメラで仕事に使いうるものはD7000が最後の機種で、
それ以降に出た新しいカメラは、必要な機能・性能を満たしていません。
昆虫という被写体は、撮影対象としてメインストリームではないので、
技術の進歩に伴い、より使いやすいカメラが出てくるというものでもないのです。
今後はもうニコンカメラに期待は持てないと判断し、製造中止後、何年も経ってから、
まだ市場にわずかに残っていたD7000をあわてて買い足したという経緯があります。
6台もあれば、一生これで間に合うだろう。今後はもうカメラを買うこともないのでは…
と思っていました。今でもスタジオ撮影ではバリバリの主力機で、
ぼくの白バック作品は、現時点では100%この機種で撮影されています。

ところが、オリンパスが、プロキャプチャーモード、ボディ内被写界深度合成などの
一撃必殺の「飛び道具」を搭載した機種を発表し、これを使わないわけには
いかなくなりました。前者の機能などは、これまで成功率が5%未満であった撮影を、
50%以上の成功に導いてくれるのです。
OM-D E-M1 mark2という機種を試しに1台導入してみて、
驚くべき効き目の手ブレ補正機能などにも感銘を受け、
すぐにもう1台購入して、2台体制としました。
一眼レフではなく、最近はやりのミラーレス一眼です。

「ニコンD7000(左)とオリンパスOM-D E-M1 mark2(いずれも60ミリマクロつき)」
「ニコンD7000(左)とオリンパスOM-D E-M1 mark2(いずれも60ミリマクロつき)」
(ストロボをセットせずにカメラを構えることはないので、ストロボ内蔵機でない
OM-D E-M1 mark2の使用時はこの形となる。従って意外にコンパクトにはならない)

ミラーレス一眼というのは、EVF(電子ビューファインダー)と呼ばれる電子的に
投影されたファインダー像を見ることになるため、最初は、「こんな見え方では
ちっとも被写体を見ている気がしない」、と強い抵抗を感じていましたが、
「OVF(光学ファインダー)シミュレーション」というモードが備わっていることに
気づき、このモードに固定することで、EVFファインダー像に対する違和感を
感じなくて済むようになりました。オリンパスのプロサービスの方には、
その機能を常時オンにしているカメラマンを初めて見ました、と言われましたが、
搭載された機能への「萌え」ポイントは人それぞれなので、開発済みの機能は
フェイドアウトさせず、これから出る機種にも「全部入り」でいく方がよいと思います。
ぼくにとっては、「OVFシミュレーション」というのは、なくてはならない機能ですね。

オリンパスの弱点は、内蔵ストロボがないというだけでなく、
ニコンと比べて単体のストロボのラインナップも貧弱なこと。
一脚の先端につけたストロボで、バックライトを入れるというぼくの照明スタイルは
このブログでも何度か紹介しましたが、右手でカメラを保持し、左手でストロボ付きの
一脚を操作するには、あまりにも大きく、重すぎるストロボしかありません。
具体的には、ニコンのSB-R200のようなストロボがラインナップされていないこと。

「SB-R200でバックライトの図」
「SB-R200でバックライトの図」

そんなわけで、現在もオリンパスOM-D E-M1 mark2は、
ニコンD7000から完全に主力機の座を奪うまではいかず、「日中戸外はオリンパス、
日が暮れるとニコン、スタジオでもニコン」と、人工照明が必要な場面では、
引きつづきニコンD7000が主力機となっています。
スタジオ機材は、何台でも棚に置いておけばよいので問題はないのですが、
山に持っていく一眼カメラは体力的に2台が限界なので、本当は同じメーカーで揃えたい
ところですが、現在はオリンパスとニコンを1台ずつ持つという変則体制になっています。
山でオリンパスボディが故障すると、オリンパスのレンズが全て使用不能になり、
ニコンボディが故障するとニコンのレンズが全部使用不能になるので、レンズが共通して
使えた「ニコン2台体制」の時代と比べて、故障が本当に怖くなりました。
いま取材に持参するレンズは、この5本です。

8ミリ対角線魚眼レンズ(35ミリ換算16ミリ)→ オリンパスマウント
10-24ミリ超広角ズ-ム(35ミリ換算15-36ミリ)→ ニコンマウント
60ミリマクロ(35ミリ換算120ミリマクロ)→ オリンパスマウント
85ミリマクロ(35ミリ換算127.5ミリマクロ)→ ニコンマウント
40-150ミリ望遠ズ-ム(35ミリ換算80-300ミリ)→ オリンパスマウント

このほか、オリンパスのテレコンバーターを持ちますが、
オリンパスボディが故障すれば望遠系の撮影が不可能になり、
ニコンボディが故障すれば、ワイドマクロ撮影が不可能になります。
中望遠マクロレンズだけは、どちらが故障しても対応できるようにしていますが、
いずれはもっと使いやすいストロボを開発していただいて、
機材を早くオリンパスに一本化したいものです。

ぼくは基本的に「虫屋」であり、カメラにそれほど興味があるわけではないのですが、
機材に関する記事が読みたい方もおられるとお聞きして、
ぼくにしては珍しく新しいカメラを導入したタイミングで、機材ネタを書いてみました。

昨年はまだ十分使いこなしていなかったオリンパスOM-D E-M1 mark2 ですが、
今年はこのカメラでどんな写真が撮れるか、楽しみです。
 みなさんは、アナフィラキシー・ショックという言葉をご存じでしょうか。
何らかの原因物質に人体が晒されたあと、時間をおいてその原因物質に
再び接触することで引き起こされる重いアレルギー反応です。
全身症状となり、短時間で死に至ることもあります。
秋になると新聞紙上をにぎわすスズメバチの刺傷事故が最も有名で、
その記事の中には、たいていこの言葉が出てくるはずです。
「ハチ刺されは2度目が危ない」という言葉を聞いたことがある方も
多いのではないでしょうか。

最近、このアナフィラキシー・ショックを、少し変わった形で体験しました。
ぼくはキイロスズメバチとクロスズメバチに1回ずつ刺されたことがあり、
アシナガバチ系の刺傷事故は、ちゃんと数えていませんが、
おそらく5~10回の間ぐらいであろうと思います。

初めてキイロスズメバチに刺されたのは、取材で行った旅先でのできごとで、
1996年の夏でしたが、その晩、高熱と蕁麻疹に苦しみ、熱は一晩で下がったものの、
蕁麻疹が完全に消えるまでには、2週間ほどかかったことを覚えています。
これは、次に刺されたらやばいかも…、と思ったので、病院で血液検査
(特異的IgE抗体検査)を受けましたが、スズメバチ、アシナガバチ、ミツバチともに
0.34以下という最低の数値。ダニなども一緒に調べてもらいましたが、
検査項目の全てでオール0.34以下となり、仲のよいお医者さんに、
「現代人でこんな人も珍しいかも(笑)」、といじられたのをよく覚えています。

では、そのしつこい蕁麻疹は何だったのかというと、「毒自体に負けたからではないか」
という診断で、アナフィラキシー・ショックというものは、毒への過剰反応みたいな
現象であり、今回の森上さんの症状は、毒自体に体が素直に屈服した結果でしょう、
という見立てでした。

「オール0.34以下」というのは、2度目の刺傷事故でもアナフィラキシー・ショックの
危険がほとんどないと言える数値で、ぼくはその後20年以上にわたって、
ハチを恐れることもなく、野外で虫たちとつきあってきたわけです。

平気でスズメバチと自撮りなどもしてきた
「平気でスズメバチと自撮りなどもしてきた」

ところが今年、意外な形でアナフィラキシー・ショックがぼくを襲いました。
刺傷事故ではなく、「昆虫食」による「経口での発症」だったのです。
これまでにも何度か昆虫食パーティーには出席したことがあり、スズメバチ類も10回以上
食べたことがありますが、過去には一度もショック症状が起きたことはありません。
ひとつの事例報告として、ここに記しておきたいと思います。

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パーティーが始まり、5メニュー食べた後に、アナフィラキシー・ショックが起きた。
食べたものは、カメムシ、バッタ、コオロギ、ツマアカスズメバチ蛹、
蜂の子ご飯(クロスズメバチの幼虫・蛹入り)である。
「蜂の子ご飯」以外の4つは外国産で、国産のスズメバチ類はこれまでに何度も
食べているが、ツマアカスズメバチは初めてだった。幼虫ではなく蛹であり、
毒針を持つ成虫の体が、おおむね完成している。諸症状は、出た順に、

(1)皮膚症状(全身の掻痒 … 数分で発症)。
(2)皮膚症状(皮膚の発赤・両手の急激なむくみ … 数分で発症)。
(3)呼吸器症状(のどに、食べたものの一部が貼りついているような違和感
   … 数分で発症)。
(4)呼吸器症状(気道狭窄? のどぼとけが大きく膨らんで、気道をふさぐような感じ
   … 10数分で発症)。
(5)呼吸器症状(呼吸困難 … 10数分で発症)。
(6)皮膚症状(全身から滝のような大汗 … 10数分で発症)
(7)消化器症状(嘔吐2回 … 10数分~20分ほどで発症。2回目は激しい)。

2度目の嘔吐の後、ほどなく楽になり、呼吸も正常に戻り、会話ができるようになった。
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こんな感じです。気道が急激にふさがって呼吸ができなくなったので、
これがアナフィラキシー・ショックというものだな、と感じました。
のどの狭窄感は強烈で、1度目はちゃんと吐くこともできなかった、という感じでした。
食物由来による「経口」での発症でもこれほどの症状が出るということは、
もし次にハチに刺されたりでもしたら、今度こそ本当にやばいかも…ということで、
23年ぶりの検査を受けにまた病院へ。

特異的IgE抗体検査の結果は、スズメバチ、ミツバチは過去の数値と同じ0.34以下で
変わりませんでしたが、今回はアシナガバチで陽性となり、0.39という数値が出ました。
今回、パーティーで食べてはいないものに、なぜか陽性反応が出たのです。
もっとも、アシナガバチはスズメバチ科であり、両者の毒に「抗原共通性」があることは
よく知られています。アシナガバチ刺傷の経験者がスズメバチに初めて刺された場合、
それは2度目の刺傷事故であると思った方がよい、ということですね。
こうしてみると、この23年間の何回かに及ぶアシナガバチの刺傷事故により
ぼくの体内にアシナガバチ抗体ができており、それがスズメバチを食べたことで
抗原抗体反応を起こしたということになるのでしょうか。

今回のショック症状は、そもそもアナフィラキシー・ショックという確定診断が
得られているわけではない(病院へ行った時はもう回復していたため)ので、
ぼくの報告によって、医師もアナフィラキシー・ショックと判断したわけであり、
経口での発症というのが、果たして世の中にどれぐらい症例があるのかも
ハッキリしません。

そんなわけで、事例報告という意味でも、誰かが調べた時に検索で出てくるように、
ここに記しておきたいと思いました。

アナフィラキシー補助治療剤・エピペン
「アナフィラキシー補助治療剤・エピペン」

今回処方してもらったアナフィラキシー補助治療剤・エピペンです。自己注射の薬ですね。
上が外箱、中が本体、いちばん下に写っているものは、自己注射のための練習用です。
この注射薬を常に携行すれば、山でハチに刺された時にも、自分で対応が可能になります。
もっとも、アナフィラキシーが起きた時のショック症状は進行が速く、
自己対応前に、それを不可能にするほどの容態になる可能性もあると聞きました。

今回ぼくは、楽しい雰囲気を壊さないようにパーティー会場を抜け出して、
トイレにこもっているうちに症状がどんどん進んだのですが、
いま考えてみれば、これは非常に危険な行動だったかもしれません。

ちなみに、今回のエピペンの自己負担額は3000円程度で、
どの医師でも処方できるわけではなく、資格をもった医師だけが処方できます。
院外処方箋を持参した薬局では、たいそう驚かれ、「これは常備していない薬である。
処方した記憶がない。入荷したら連絡するので、もう一度来てほしい」、
ということで出直しました。注射薬なので、郵送はできないのだそうですね。

さて、今年のブログアップは、本日で終了です。
すっかり月に1回程度の更新頻度になっていて、こんなことでいけないとは感じており、
来年はもう少しがんばりたいと思っておりますが、どうなりますことやら…
(がんばります、と断言できないヘタレな自分がなさけない)。

今年も気まぐれなブログ更新におつきあいいただいた皆様、ありがとうございました。
どうぞお健やかに、よいお年をお迎えください。