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 本を書く際には、文末を「だ・である」で締めくくる常体文と、
「です・ます」調の敬体文とが、文体の選択肢として存在します。
これに加え、ぼくらの仕事は、読者が子供限定というケースが少なくないので、
「児童書かどうか」 ということも、執筆の条件として関わってきます。

ぼくとしては、「大人向けの常体文」が最も書きやすく、
「子供向けの敬体文」がこれに続きます。この2つは、あまり苦手意識のないものです。
これに対し、「大人向けの敬体文」というのは、はっきりと苦手意識のあるもので、
このブログがその形式で書かれているのは、「どうせだったら、苦手を克服したい」
という意図で、ぼくがあえて選んだことでした。 
ブログ記事ならば、多少つたない部分があっても、大目に見ていただけるだろうし、
ここで修行を積んでいくうちに、だんだんと苦手意識も克服できるのではないかと。

今回のタイトル「児童書で常体」というのは、
いわば「第4の組み合わせ」ということになるわけですが、自発的な企画を別にすれば、
依頼された企画で「子供向けの常体文」というのは、これまでに経験がなく、
実質的に需要がなかったため、ほとんど練習もして来ませんでした。
子供に対しては、「です、ます、しましょう」 といったやわらかな語り口調で書くものと、
ぼくの中では相場が決まっていたわけですね。 
いま製作中の2冊の本の一方が、実は「子供向けの常体文」という初めての依頼で、
「こんなに書きにくいものか・・・」、と四苦八苦しています。

「子供向けの敬体文」なら、最も楽な「大人向けの常体文」とは真逆になるため、
かえってギア・チェンジもしやすく、そういうキャラになりきることで、
切り替えがうまくいくのですが、「常体文」で書き始めてみると、書いているうちに、
つい大人としての「素の自分の言い回し」が随所に出てきてしまい、
それを、叩いて叩いて修正して、なんとか少しずつ完成にこぎつけています。

いつも本作りの際には、忌憚のない意見を言ってくれる知人に文章を見てもらい、
「これ、ヘタかなあ?」と訊ねたら、「うん、すごいヘタだ。どうしたの?」、と言われ、
いくらツッコミを期待していたとは言え、あんまりな言い方であったため、
「でもぼく、専業のライターじゃないんだよ。カメラマンの書くものとしてはどう?」
と訊いたら、「でもさ、写真はいつも安定してヘタじゃん?」、とのこと(笑)。
別に、どちらもバランスよく? けなして欲しかったわけではないのですが・・・。

依頼された企画というのは、実によい訓練になるものだな・・・と、
今回、改めて思い知らされた格好になっています。
依頼がないかぎり、自発的に練習することなどありえないし、
枠をはめられ、その制約のもとに仕事するという「外圧」は、
自分から望んで得られるものではないので、大変しあわせなことだと思います。

ブログの読者の方で、ブログからぼくのことを知り、
その後に 『散歩で見つける 虫の呼び名事典』 などを買ってくださった方は、
この本はブログとは異なる「大人向けの常体文」で書かれていますから、
ブログとはずいぶん印象が変わるな・・・と思われるようです。
急にエラソーになった感じ?(笑)。

『散歩で見つける 虫の呼び名事典』から
「『散歩で見つける 虫の呼び名事典』から(カマキリモドキのページ)」

以下は余談ですが、ぼくの妹は小学校の教員をしており、ぼくが送ったこの本を
自分のクラスの学級文庫に混ぜてくれているのですが、意外にも?大人気だそうです。
返却されると、次の誰かがすぐに借りていくそうで、5、6年生ならともかく、
「小学2年生が読んで面白いと思ってくれるのか?」と驚いています。

児童書執筆の際は、「○年生の既習漢字一覧」などを手もとにおいて、
使ってよい漢字を対象年齢にあわせ、やさしく、やさしく書こうと努力するわけですが、
子供というのは、大人に「まだ早い」と止められることを、
背伸びしてやってみたがるものだし、作り手の配慮や自主規制などを飛び越えて、
子供に媚びることなく書かれた大人向けの文章を、その年齢なりに楽しむ術を
知っているのかもしれません。
ぼくも子供のころ、文の全体がわからなくても、大人向けの本が十分楽しめた、
という経験を持っていますが、わからない部分は前後から類推して一応の解釈をし、
それが正しかったか、正しくなかったかは、
1年後なり、2年後なりに、いつかハッキリする。
ああ、そういう意味だったのかと、ある時点でストンと理解できる。
何度か、そんな経験をしました。

こうして、「理解不能な1センテンス」の意味を、その年齢なりに
徹底的に想像してみたことは、後年、すごく役に立っているような気がします。
意味をとことん想像してみた言い回しというのは、正しい意味を理解した後、
特に印象深い言葉として残るし、借り物ではない自分の言葉のストックとして、
皮膚感覚で使えるようになるのですね。

「子供は、子供だましを馬鹿にする」 と聞いたことがありますが、
過剰なまでにやさしく書いて、これでどうだ、と言わんばかりの制作側のあざとさを、
子供たちは、「あ~あ、やれやれ・・・」といった心境で見て、
肩をすくめているのかもしれません。
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