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 今日は節分ですね。撒いた豆は、ふたたび回収して食べるわけですから、
外国人に 「このセレモニーは、ナッツ・リターンと言うのだ」、と説明したら、
「ちゃうやろ!」と笑われました。
関西弁までできるぐらいなら、聞かんでも知っとったやろ・・・。

さて、本の制作で次々にアクシデントが起きており、もう、何があっても絶対に驚かないぞ、
と自分に言い聞かせています。サッカーの試合でいえば、
第3ゴールキーパーまで使い切って、その3人目にも負傷退場されてしまった感じ? 
これだけ悪いことが奇跡のように重なると、「鬼は外!」と叫びたくもなります・・・。

現在、別々の企画を2冊同時に進めており、今の話を「A」の企画とすると、
この記事のタイトル「話の収まりがよくない」は、「B」の本のお話です。

「B」の企画は、児童書、それも教養を得てもらうための本ということで、
解説文は、収まりのよい展開で、読者の子供たちにストンと納得してもらえるよう、
きれいに締めくくりたいのですが、昆虫側の事情でなかなかそうは問屋がおろさず、
編集サイドの期待にも応えられないでいます。
企画の編集者は、きわめて有能な方で、ぼくが原稿をお渡しすると、
「目玉もようには、敵を驚かす効果がある、という情報も入れられますか?」
「トノサマバッタは日本最大のバッタですか? もしそうなら、その情報を入れてください」
「オオゾウムシの湾曲した口吻の機能について、ここに説明があるといいです」
などと、実に正しいツッコミを入れてくださいます。

これらはいずれも、お見事と言うほかなく、経験の浅い編集者には、
ここまで的確にポイントを押さえた指摘はできません。
ところが、昆虫の実態は「こう書きたい」 という予定調和を拒否するようなところがあって、
小さな目玉もようには、天敵にわざとそこをつつかせて致命傷を避ける「陽動作戦」としての
意味があると言われているし、トノサマバッタより、ツチイナゴの方が大きいし、
オオゾウムシの湾曲した口吻は、ツバキシギゾウムシなどのバリバリの「実用品」と違って、
おそらく機能的な裏づけをほとんど喪失している・・・など、
現実はことごとく収まりのよい展開を拒否してきます。
大人向けの本なら、それをその通りに書いてもよいのですが、
児童書では、もう少しきれいなお話の形にすることができれば、ありがたいわけですね。
トノサマバッタの解説に、「日本最大のバッタである」と書けたなら、
締めくくりとしては非常に美しいのですが・・・。

トノサマバッタ(上)とツチイナゴ
「トノサマバッタ(上)とツチイナゴ」

オオクワガタは日本最大のクワガタムシではないし、
オオシロシタバは、シロシタバより小さいし、
ミズイロオナガシジミは、ちっとも水色じゃないし、
ムラサキシャチホコは、ぜんぜん紫色じゃないし、
お話として収まりがよくない事例は、枚挙にいとまがありません。

だから、節分を「ナッツ・リターン」と呼ぶ方が、
まだしも収まりがよいのでは?と思ったりするわけです。

・・・ああ、このオチも収まりが悪いな。
アクシデントの連続で、ぼくは少々疲れているようです・・・。
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