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 「著者自身による著書紹介」 の3回目です。
ずっとデスクワークが続いており、しばらく「外ネタ」が仕込めないので、お許しを。

「虫のくる宿」。
自分の代表作をひとつ挙げろと言われたら、ぼくは迷わずにこの本を選びます。
2007年の秋に出した、初めての単著で、現在までに6回の版を重ねています。
「日本図書館協会選定図書」、「全国学校図書館協議会選定学校図書館基本図書」に
選定していただき、2011年には、小学校3年生の国語の教科書(光村図書出版)にも
載せていただきました。 書店で偶然、夏休みの「読書感想文」のアンチョコ本に、
「虫のくる宿」の模範例文が載っているのを見て、ビックリしたことがあります。
著者でも、あんなにうまくは書けない・・・。

虫のくる宿 (アリス館写真絵本シリーズ)虫のくる宿 (アリス館写真絵本シリーズ)
(2007/09)
森上 信夫

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「虫のくる宿」(アリス館)2007年9月発行、2013年6月 6刷発行

出版後の経過は、まずまず順調と言ってよい本書ですが、
ここに至るまでには紆余曲折があり、実に4つもの出版社でボツになって、
5社目のアリス館がようやく企画を通してくださったという「難産の歴史」があります。
1999年夏に撮影は完了しており、企画書を書いて2000年から売り込みを開始しました。
次々に「ボツ」と言われる中で、その間、写真の入れ替えなどはいっさい行わず、
企画書の文面も、1文字だって変えない。この企画の良さがわからないのだとしたら、
わからない方がダメなのであって、わかってくれる人は、かならずどこかにいる。
作品に自信があったので、あとは「めぐり逢いを待つだけ」と思っていました。

そうは言っても、ひとつの出版社で「ボツ」と言われると、慣れないうちは、
かなり長期間にわたってヘコんでしまい、なかなか「次」の連絡ができないものですね。
アリス館さんから、「出しましょう」と言っていただいたのは2005年でしたから、
5年間で5つの出版社しか回れなかったことになります。
今では、この時の経験があるので、ぼくはすっかり打たれ強くなってしまい、
「ボツ」と言われた翌週には、別の出版社の門を叩いている、
そんな強さ(厚かましさ?)を身に着けましたが(笑)。

売り込み企画の場合、出版社は、「類書」がないことをひどく嫌います。
過去に、同様の本がどの程度、市場に受け入れられ、売り上げに繋がっているか。
前例がないと、予測が立たないので、出版に二の足を踏むわけですね。
市場に類書がない。「虫のくる宿」は、まさにそういう企画でした。
何しろ、虫の本であるにも関わらず、載っている小学校の教科書は、
「理科」ではなく、「国語」なのです。

「虫」といえば 「自然科学」であり、だから「理科」だという、そんな硬直した
考え方がぼくは大きらいで、「虫が語られる文脈を、自然科学から解放したい」、
常にそう思ってきました。理科の教材として、科学的な目で虫を見ることを、
決して否定するものではありませんが、「そればっかりじゃないだろう」、と。
「花鳥風月」を愛でる際に、気温や、風向きや、天候などをいちいち記録しますか?
子供が、まったく自発的に虫を「科学の目」で見ることは、その子にはそういう適性が
あるということで、真に応援すべきと思いますが、虫を見つめている子供に対して、
親や教師が、体長を計ってみましょう、とか、見つけた時の気温を記録しておきましょう、
などと、「余計な誘導を企てる」ことは、ぜひともやめていただきたいと思っています。
人間は虫より偉くないし、虫は単なる「理科の実験材料」ではないし、
そのような視点から離れない限り、虫を窓口として、自然への限りない畏敬の念を
抱くに至る 「心の成長」は決して望めないのではないか? と思います。
虫を矮小化し、上から目線で、理科の教材と決めつけているうちは、
いつまでも哲学を語ることはできない。

では、おまえは哲学を語れるのか? と正しいツッコミを受けそうですが(笑)、
そういう姿勢を崩さず、「昆虫に帯同する人生」を送っている限り、
いつか自然というものに対し、「誰もが意識の底でなんとなく感じていたようなことを、
万人と共有できるような、すばらしい言葉で語れるかもしれない」、
そう思って生きています。

「虫のくる宿」は、主人公である 「ぼく」 が訪れた山の宿で、
もう寝ようと部屋のカーテンを閉めかけた、その時に、部屋の灯りに惹かれて飛来し、
ガラス窓に貼りついていた1匹のガを目にしたことから物語が始まります。
ガラス越しに見る昆虫のおなかは、普段は決して見ることのできない「あられもない姿」。
擬態の名手たちも、まさかこんなアングルから見られることは想定していない。
最初は、ただ面白がって撮影していただけでしたが、
虫たちとガラス越しに対話を続けていくうちに、
語られたがっている、もう少し大きなストーリーがその背後に見えてきました。

同じ 「宿」に、5年続けて通いましたが、
1995~1996年は、ただ面白がって撮っていた夏。
1997年は、ぼんやりと自分の中で物語が流れ始めた夏。
1998年は、はっきり「ストーリー」を意識して撮影した夏。
1999年は、物語の完成のために、シナリオを書いて持参し、
欠けているシーンを余すところなく全て完成させた夏でした。

本になった「虫のくる宿」は、1泊の物語ですが、
当初は、山で2泊するストーリーを描いていました。
1泊目の宿泊客は自分ひとり。2泊目は、たくさんのお客がいる。
それを表現するために、実際には、宿泊客は常に自分ひとりだった
(そういう晩を選んで泊まっていました)のですが、
宿の入り口に、無造作に脱ぎ捨てられたように多くの登山靴を並べ、静寂の1泊目との
対比で見せる、騒がしい2泊目を演出するなど、非常に手の込んだことをしていました。
メインテーマが科学の本ではないので、伝えたいひとつの真実を補強するためには、
真実の周辺に、どのような“嘘”を、演出として散りばめることも許されます。

当初は 「2泊の物語」であったということで、本になった32ページ分以外に、
もう20ページ分以上の、掲載できなかった写真が存在していますが、
編集者との何度かのやり取りを経て、最終的には「1泊の物語」に落ち着きました。
実際に本ができ上がってみると、「山で過ごした不思議な夜」を表現するには、
「一泊設定」という、編集者の判断は実に正しかったな・・・と思います。

「宿」の所在地は山梨県で、小海線の清里駅から少しのぼったところにあります。
読者の方から、ときどき質問を受けるのですが、この「宿」は、
今もその場所に建物はあるものの、すでに宿泊客を受け入れていません。
ぼくも、完成した「虫のくる宿」を持参して、ぜひ1泊したかったのですが、
本が完成した2007年には、すでにそれは叶わぬこととなっていました。
ぼくが通った1990年代後半、高原の避暑地として軽井沢と並ぶ人気であった清里は、
今ではすっかり往時の面影はなく、多くの旅館や商店が閉ざされたままになっています。
きらびやかな灯りの消えた今の深い闇こそ、虫たちの望むところであったかもしれません。

※ 次回のブログ更新は、2月に入ってからになります。
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