写真のセレクト作業に時間を取られ、ブログの更新が遅れ気味になっています。
すみません。

さて、本を作る際は、デジタル画像だけでなく、
今でも、けっこうな数のポジフィルムを入稿します。
報道写真のように「賞味期限」のあるジャンルではなく、
昆虫の行動は、100年やそこらで変化するものではないので、
デジタル化以前のフィルム時代に撮影したものが、今でもちゃんと通用するわけですね。
セミの羽化の一部始終は、江戸時代も現在も変わらないわけです。

というわけで、撮影ノートを頼りに、お目当ての昆虫が写っているポジフィルムを探し出し、
必要なコマを切り出す作業を行っています。
若い人たちは、「フィルム」までは知識として知っていても、
「ネガフィルム」、「ポジフィルム」になると、全くわからないかもしれませんね。
ネガフィルムというのは、プリントすることを前提としたフィルムで、色が反転しており、
紙に焼きつけることで、正しい色が得られます。
ポジフィルムは、色が正しく見えるフィルムで、紙にプリントせずにそのまま使用し、
スライド映写素材や、印刷原稿になるものです。

フィルムのコマとコマの間は、わずか2ミリほどの幅しかなく、必要なコマを切り出すには、
この2ミリの、ちょうど真ん中に、はさみを通さなくてはなりません。
昔は、慣れた手つきでチョキチョキ、よどみなく切っていましたが、しばらくやっていないと
手が震えます。隣のコマが失敗カットなら、多少のずれが生じても、そちらにしわよせが
いくような位置で切ることができますが、重要なカットが続く場合、どちらに寄っても
画面の一部を切りそうで、汗をかきながら、はさみを使っています。

ライトボックス上で、切り出し作業中のポジフィルム
「ライトボックス上で、切り出し作業中のポジフィルム」

たくさんのポジフィルムを見ていると、撮影の流れの中から、
当時のフィルム交換の苦しさが、ありありと思い起こされます。
羽化や脱皮などの撮影では、展開が急な時間帯と、停滞する時間帯とがありますが、
停滞のあとに急展開が待っていることが予測できるようなケースでは、
フィルムの残数がまだ10コマ以上あっても、
ここでフィルムチェンジをしておかないとあとがキツい、などの予定が立つので、
その結果、36枚撮りの3分の1ほどは何も写っていない、という、
もったいないフィルムも出てきます。

それにしても、当時は最大でも連続36コマが限界だったわけで、
よくもまあ、そんな枚数で仕事をしていたな・・・としみじみ思います。
秒間5コマで連写すると、たった7秒ほどでフィルムが尽きてしまうことになりますね。
何十年も昔の話ではない、ほんの10年ほど前までは、そうやって仕事していたわけです。
今や、デジカメのメモリーカードは、容量次第で何千カットも連続して撮ることができます。
フィルムチェンジのチャンスを流れのどこに見出すか、そんな計算もいっさい不要で、
羽化や脱皮の最初から最後までを、落ち着きはらって撮影できるようになりました。
ぼくらのようなジャンルより、水中写真家は、いちばん恩恵が大きいでしょうね。
水中でフィルム交換はできないわけですから、もぐったまま、実質的にエンドレスで
撮り続けられるようになったメリットは計り知れないと思います。

36コマが上限のフィルム時代、残数が30なら、「まだまだ余裕」と思っていたのに、
今ではデジカメの撮影可能枚数が30を切ると、(念のため、メモリーカードを替えておこう)
などと思うようになってしまいました。贅沢なものだなあ・・・とつくづく思います。
また、フィルムを使えば当然、現像料金もセットでかかりますが、
当時は36枚の写真を得るために、フィルム代とあわせて1400円ほどを必要としました。
最高で1100本撮った年があるので、この年は150万以上の経費がかかったことになりますね。

緻密な計算と、熱い情熱が起承転結を織りなす36コマのストーリーを見ていると、
1枚の写真に賭ける当時の思いが、まざまざとよみがえってきます。
デジカメにすっかり甘やかされ、写真を「撮り散らかしている」ような堕落した現状を、
まるで過去の自分に戒められているかのようで、ポジフィルムの航跡をたどる旅は、
長いあいだ、すっかり忘れていた大事なことを思い起こさせてくれたように思います。