前回、実地テストを経て安全宣言したササの鉢植えで、ヒメジャノメが前蛹
(蛹になる準備期間。幼虫の姿のまま体が縮んで動かなくなる)になっています。
本来、10月も後半の今の時期には、「年内羽化組」はもういないはずで、
幼虫のまま越冬態勢に入るはずですが、これは撮影のための、いわば「促成栽培」です。

フンを出し切って透明感を増した体のグリーンがいかにも美しく、
黒バック+逆光ストロボで、その美しさを表現してみました。
ヒメジャノメの前蛹(アップ)
「ヒメジャノメの前蛹(アップ)」

鉢植えであれ、あるいは野外であれ、アップの写真表現としてはこの撮り方で良く、
撮影時にほとんど迷うこともないのですが、
夜の野外で、カメラを少し引いて周辺の環境まで見せたい場合は、
常にライティング(照明)に迷いを感じつつ、撮影することになります。

自然光のない夜間の撮影では、
いかなる照明をもってしても、その環境描写は「嘘」になります。
夜の闇をまとっている昆虫は、どこに止まっていようが、闇そのものが環境となるからです。
写真家の照明が、いかに巧みに見えようとも、それは環境としての闇を切り裂き、
視覚的に認知できるように暴き立て、
「ヒト都合」の虚構に仕立て上げているに過ぎないわけですね。
こんな照明で本当によいのだろうか・・・という迷いが、常につきまとうわけです。

昆虫写真家のこのような思いを、前提としてまずご理解いただいた上で、
ハウツー的な目先の方法論を言えば、強い逆光を入れると、
いかにも夜間的に見える写真にはなります。
抽象絵画のような、鑑賞作法としての特別な見方など必要はなく、
黒の背景に逆光が入っているというだけで、誰もがひと目で、
「あ、夜っぽい」と自然に思える描写になるということですね。
反面、夜間にその昆虫を探そうという人のために、
「探すイメージ」を提供する、といった観点から照明を考えると、
逆光という照明は、現実から最もかけ離れた「ありえないイメージ」ということになります。
探す人の手もとには、かならず懐中電灯があるはずで、懐中電灯光は、
逆光とはベクトルが真逆の、「手前から奥へ」という方向の光であるからです。

両者のライティングを比較してみましょう。
まずこれが、手前から奥へ向かう光。
懐中電灯光を模した、カメラ内蔵ストロボ1灯のライティングです。
懐中電灯を持って虫を探す視点からは、虫の姿はこのように視界に飛び込んでくるはずです。
こんなイメージを念頭に置いて、お目当ての虫を探せばよい、ということになりますね。
ヒメジャノメの前蛹(ロング)内蔵ストロボ1灯による順光表現
「ヒメジャノメの前蛹(ロング)内蔵ストロボ1灯による順光表現」

しかしこれでは、被写体であるヒメジャノメの前蛹が、ちっとも美しく見えません。
透明感は、逆光(透過光)を入れない限り、透けていること自体が表現できないのです。
また、手前から奥へ向かうという「順光」では、近距離のものほど明るく描写されるため、
ここでは、手前のササの茎が白く飛んでしまって、非常に目障りでもあります。

今回は、「鉢植え」という取り回しのよさから、スタジオに持ち込んで、
いかようにも凝ったライティングをしてみることが可能です。
ストロボ5灯を使った「ていねいな」照明を施してみました。
ヒメジャノメの前蛹(ロング)ストロボ5灯による表現
「ヒメジャノメの前蛹(ロング)ストロボ5灯による表現」

ササの茂みの中にぶら下がる「天然のシャンデリア」といった感じの
美しい前蛹が表現できましたね。
しかし、これは懐中電灯を片手に虫を探すときのイメージからはかけ離れています。
アップの写真であるなら、もともと周辺環境をそぎ落とした表現ですから、
この照明でよいだろう、ということになりますが。

夜であることを、どう表現するか。 それは、とても難しい問題です。
描写できないのが闇であるにもかかわらず、写真家はそこで引き下がるわけにはいかない。
闇を光で暴きつつ、なお闇の深さを損なうことなしに、見る者に届けなければならない。
闇を生かすも殺すも、光の使い方ひとつで決まり、
写真の使用目的によっても、闇の暴き方は、ひととおりではないわけです。
もっと掘り下げていくと、「夜そのものの表現」という、
より大きなテーマに繋がっていることも見えてきます。

自然光がふんだんにある昼間とちがい、夜は、自分が目的を持って放つ光以外は存在せず、
写真家の思いが、より色濃く絵づくりに反映される現場と言えます。
夜間照明には、常に「迷いがある」と書きましたが、それは、少し大げさに言えば、
写真に自身の考えや、場合によっては思想まで投影されることもありうるからだと思います。
夜間撮影では、「写真に写りこむ全ての光に説明責任がある」、と言ってもよいでしょう。
「フォトグラフ(写真)」は、「光の(photo)」と「描く(graph)」を語源としていますが、
光のない夜の情景を、「フォトグラフ」に表現するためには、
闇と、その中にいる被写体を、どのような光で、いかに描くべきなのか。
終りなき試行錯誤は、今後もずっと続くのだと思います。

<お知らせ>
先日、虫仲間である昆虫エッセイストの鈴木海花さんが、東京新聞の取材を受けられました。
明日21日の朝刊に掲載されるそうです。ぼくも同行して、写真なども撮られているのですが、
今回はオマケなので、紙面に載るかどうかは、わかりません。あやふやな告知で恐縮です。
<お知らせの訂正(申しわけありません) 10/21 7:40>
急遽、「23日」の朝刊に変更になったそうです。大臣の辞任問題などが原因かもしれません。