5月のある晩のこと。
藪の中で、青白い影が激しく揺れていました。
ライトを向けると、クモの網にかかった1匹のオオミズアオの姿が。

クモの網にかかったオオミズアオ
「クモの網にかかったオオミズアオ」

右手にクモの姿が見えますが、あまりにも巨大な獲物に、手を出しかねています。
時おり近寄っていきますが、激しくはばたいて反撃されると、
すぐにしりぞいて安全圏から獲物を見守ります。

オオミズアオは、死にもの狂いで暴れていましたが、クモの巣を引きちぎることは
できないようで、このまま力尽きるのも時間の問題でしょう。
天寿をまっとうできないオオミズアオを不憫に思いましたが、
クモからせっかくの獲物を取り上げてしまうのは、もっと気の毒です。
この現場に何ひとつ介入せずに、ぼくは静かにその場を去りました。
                                    
自然の中では、こうした天敵による捕食を除けば、昆虫の死の瞬間を目撃する機会は
決して多くありません。寿命が尽きる、まさにその瞬間に立ち会うケースなど、
ほとんどないと言ってよいでしょう。

6月14日のこと。
別のオオミズアオの、そんな死の瞬間に遭遇しました。
6月なかばといえば、第1世代のオオミズアオはそろそろ死に絶え、
第2世代の幼虫の姿が枝先に見え始める時期です。
利用できる食樹の種類が豊富なオオミズアオですが、
ぼくは経験的に、ハナミズキは本種に好まれる樹種であると認識しており、
街路樹としてハナミズキが植えられている場所を通りかかったとき、
幼虫の姿でも見えないかと、枝先をチラチラ気にしながら歩いていました。

幼虫は見つからなかったけれど、
1本のハナミズキの下で、ぼろぼろになったオオミズアオの成虫に出会いました。
死んでる? 
・・・いいえ生きています。
痙攣するように、小さくはばたいています。

死にゆくオオミズアオ
「死にゆくオオミズアオ」

メスでした。
はねは、こんなにもボロボロだけれど、体がつぶれたりはしていない。
車に轢かれたわけではないでしょう。
ハナミズキの真下に横たわっていたということは・・・。

おそらく、このメスは、ハナミズキの枝のどこかに卵を産みつけ、
力尽きて、そのまま落下したのでしょう。
役目を果たし終え、今まさに死にゆくところに、ぼくは出会ったのだと思います。

命果てるときの、厳粛な瞬間です。
ぼくはこのオオミズアオの死に水をとってやるような心境で、
最期の瞬間を見守ることにしました。

細かく、細かくはばたいています。
その目には、沈む太陽が見えているでしょうか。
それとも、自分が卵をのこした梢を見上げている?

二つの落日
「二つの落日」

残照が輝きを失う頃、オオミズアオはすっかり動かなくなりました。
5分、10分待っても、ピクリとも動かない。
墓標のように立つ、傷だらけの翼。

そっと拾いあげてみました。なんと軽いこと!
卵を産みつくし、おなかの中は、きっと空っぽなのでしょう。
オオミズアオの重さがどれほどのものか、ぼくはよく知っています。

騒がしい街の、あわただしい夕暮れどき。
通りすぎる人たちの誰の関心をひくこともなく、
道路の片すみで、ひっそりと一つの命が閉じていきました。