上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 来年に出版を控えている2冊の本の、台割作成やらネーム書き、スタジオでの追加撮影
などに時間をとられ、気がつけば、もう1ヶ月もの間、フィールドから遠ざかっています。
「台割」というのは、本の総ページ数が決まった後、それぞれのページに
どんな記事や写真を配当するかという「本の設計図」のようなもので、
多くは編集者が作るものですが、ぼくは自分で作って提案することも少なくありません。
「ネーム」というのは、マンガでは「セリフ」を指しますが、写真に当てはめる文章のこと。
単なる写真解説(キャプション)ではなく、それによってストーリーが展開していくもので、
写真の添え物という扱いではない、写真と同等の重みを持つ「本文」です。

というわけで、要は、ブログネタに詰まった、ということを言いたかったのですが(笑)、
2年前に、初めてマレーシアに行った時のことを、3回連続で書きたいと思います。

ちょうど今ごろの時期でしたが、2012年11月22日~12月2日までの11日間にわたって、
マレーシアを訪れました。ぼくは語学ができない上に、空前の「ヘタレ」なので、
初めての国に一人で行く度胸がなく、経験豊富な昆虫写真家の鈴木知之さんと一緒の旅です。
マレーシアの国営テレビ局が鈴木さん自身を取材する、という企画に同行する形で、
初めてのマレーシアを堪能させてもらいました。

オラン・アスリの住居
「オラン・アスリの住居(19マイル)」

テレビ局は、そこそこの場所で必要な画が撮れてしまうらしく、行き先は有名ポイントのみ。
でも、ぼくにとっては、どこであれ初めての場所ですから、まったく不満はありません。
「タパ」の町に宿を求め、虫屋の聖地とも呼ばれる「19マイル(そういう地名です)」と、
アカエリトリバネアゲハの吸水集団が見られる「クアラ・ウォー(Kuala Woh)」とを、
日替りで行ったり来たりしました。19マイルにあるオラン・アスリ(マレー半島の先住民族)
の家はこんな感じで、ちゃんと電気が通っています。驚いたことに、中にはパソコンもあり、
「SNSやってますか? えっ!ブログもないの?」(当時はなかった)
なんて馬鹿にされたら嫌だなあ・・・と、滞在中ずっとビクビクしていました。

19マイル寸景
「19マイル寸景」

集落を抜けると、そこから先が昆虫の楽園。流れのほとりの岩場を歩いて、上を目指します。
この場所は、大雨が降ると岩はすべて水面下に没し、道が完全に消失します。
滞在中に一度、そういうことがあり、ぼくらが山中にいる間の豪雨だったので、
帰りのルートを失い、崖の垂直面を上って、辛うじて帰還した、という一幕がありました。

見晴らしのよい岩の上には、必ずオラン・アスリが座っています。
上の写真は若い夫婦で、奥さんは赤ちゃんを抱いていました。
何をしているのかというと、彼らは網を持って、昆虫の飛来を待っているのです。
現金収入としては、昆虫の販売だけに依存している村で、ここに来るような日本人は、
例外なく虫屋(=昆虫愛好家)ですから、日本人の姿を見かけると、すでに採集してあった
さまざまな昆虫を見せに来ます。写真のとおり、網はビニール袋を利用した粗末なもので、
風の抜け道がないのに、よくこんな網を勢いよく振れるなあ・・・と感心してしまいます。
ハナカマキリの幼虫が30リンギット(当時のレートで840円)で、これが最も高価な部類。
バイオリンムシ(「ギター・ビートル」と呼ばれます)などは10リンギット(同280円)で、
あまりの安さにビックリしてしまいました。

キノコにつく虫/ヨコバイ
「キノコにつく虫たち / ツマグロオオヨコバイそっくりな虫」

森の中には、サルノコシカケのようなキノコが生えている木があり、たくさんの昆虫が
集まっていました。黒地に4つの赤紋がある甲虫が多く、同じパターンの模様を持つ甲虫が
ここには少なくとも4種類いて、キノコムシ、テントウダマシなど、分類群もさまざまです。
キノコにつく甲虫が、このデザインに収斂されるべき理由が全然わかりませんが、
あまりにも皆ソックリなので、そこには何か意味があるのでしょう。
日本のツマグロオオヨコバイに酒を飲ませたような、「赤い顔のツマグロオオヨコバイ」も、
たくさんいました。撮影したら、排泄した滴がたまたま写真に写り込んでいました。

汗を吸うチョウ
「汗を吸うチョウたち」

うす暗い林内を抜け、明るい場所に出ると、
流れのほとりの砂地に、何匹かのチョウが吸水に訪れているのが見えます。
ぼくの手に、1匹のチョウがふわりと舞い降りました。(よ~し! 来た来た!)
実は、こうなることを半ば予想していたのですが、ぼくは、「チョウにたかられる男」です。
これは日本での出来ごとですが、サワガニの死体から吸汁していたウラギンシジミが、
ふわりと飛び立って、ぼくの手から汗を吸い始めたことがありました。
「何だよ~! おまえの汗って、サワガニの死体より生臭いのかよ!」と、同行の虫仲間は
大爆笑ですが、次から次に現れるウラギンシジミに、返す言葉も見つからず(笑)、
「サワガニの死体より臭い男」という評価は、いっそう揺るぎないものとなりました。

マレーシアでも、その神通力がちゃんと通用した、ということですね。
別の種類のチョウもやってきて、ぼくの手から汗を吸っていきます。
ワールドワイドで臭いヤツ、という評価はもう、甘んじて受け入れることにしましょう。
女子には避けられても、チョウが寄ってきてくれるなら、その方がマシです(キッパリ)。

暮れゆくタパの町
「暮れゆくタパの町」

タパの町に戻ると、もう7時を過ぎているというのに夕焼けが美しく、
鈴木さんとビールを飲みながらくつろいでいると、ふと旅情がこみ上げてきます。
写真の右に見えるのが、われわれが宿泊したホテル「TIMURAN(ティムラン)」。
灯火への飛来昆虫も期待したのですが、滞在中、意外にも蛾の1匹さえ来ませんでした。
スポンサーサイト
 「では、なぜ一眼レフを使うのか」の後編です。
理由その2。 「特殊レンズを使うために、一眼レフが必要である」。

昆虫撮影に必要とされる「特殊レンズ」とは、主として以下の3種類です。
(1)対角線魚眼レンズ、(2)ティルト/シフトレンズ、(3)高倍率マクロレンズ。
いずれもコンデジがカバーできる領域ではなく、これら特殊レンズの効果を
得たいと思ったら、一眼レフ用の交換レンズを揃えなければなりません。

最近は、世の中が世知辛くなってきたせいか、カメラメーカーも、これらの特殊レンズを
「売れ筋商品ではない」として、ラインナップから外すケースも目につくようになりました。
こうなるともう、一眼レフには、色空間の管理以外、アドバンテージはありません。
ところが、そういうメーカーの方が多くなってしまったのが、悲しい現状なのです。

一眼レフシステムというものは、システム全体で評価すべきものであり、
その中には当然、売れ筋商品もそうでないものも含まれ、トータルで利益が上がればよい、
とするのが正しいスタンスではないかと思いますが、「デジタル化以降、ラインナップから
消えてしまった高倍率マクロレンズを、再びラインナップに戻してほしい」、
と要望を言っても、「そんなレンズは、ほとんど売れないし、出すとしても後回し」、
などと、平然と言われるようになってしまいました。
ぼくはそれを、ひどく 「さもしい了見」だと思います。
昔のカメラメーカーは、宇宙から微生物に至るまで、いかなる特殊領域をもカバーできる
レンズラインナップを提供し、「文化の担い手」としての矜持を持っていたと思いますが、
最近は、レンズ個々のちっぽけな目先の損得に踊らされているだけのように思え、
「そんなロマンの欠片もない仕事をしていて楽しいか?」と、見ていて情けなくなります。
書店で、売り場面積いっぱいに、村上春樹の新刊だけを並べ、
それがマーケティングだ、と言っているのと一緒ですね。
そんな状態で店を開けていて、きみたちは恥ずかしくないのかと。
(実際にそんな書店があったわけではありません。)

あるカメラメーカーだけが製造している、きわめて特殊な1本のレンズがどうしても必要で、
それをボディとともに購入し、以後、売れ線のレンズも同じメーカーで揃え、
気がつけば、そのメーカーのシステムに200万円を投じていた。
フィルム時代のぼくの実体験ですが、それが、システムカメラの正しい売り方だと思います。
ところが、(1)、(2)、(3)の特殊レンズを全てラインナップしているメーカーは、
今やキヤノンだけになってしまいました。ニコンには(3)がなく、
それ以外のメーカーには、驚くべきことに(2)も(3)もありません。
ぼくは、一眼レフカメラでは、ニコンユーザーに「うっかり」なってしまいましたが、
(3)を使うためだけに、キヤノンのボディを1台、所有しています。
昆虫の「本格的な」撮影をめざす方が、これから一眼レフシステムを導入されるなら、
キヤノン以外のメーカーを選ぶべき積極的な理由はない、と申し上げておきます。

メーカーの悪口はこれぐらいにして(笑)、特殊レンズの作例をアップしておきましょう。
記事がやや長くなってしまったので、高倍率マクロレンズの作例は割愛します。「拡大率が
非常に高い」という写真は、実写作例がなくても、ご想像いただけるものと思います。

対角線魚眼作例(右が魚眼)
「対角線魚眼レンズの作例。 左は、望遠系マクロレンズで撮影 (アブラゼミの抜け殻)。」

左右とも一眼レフでの撮影ですが、左の写真ならば、コンデジでも十分に撮れますね。
しかし右のように、こんなにも広い環境を写し込んだ写真は、コンデジでは撮れません。
画面の対角線方向に180度の画角(真横が写る)を持つ「対角線魚眼レンズ」は、
描写に歪みはあるものの、昆虫のいる環境を丸ごと描写できる貴重なレンズなのです。

ティルト作例(左から、しない、した、その状態のレンズ)
「ティルト/シフトレンズ 「PC-E Micro NIKKOR 45mm」 による作例(オオクワガタ)。」

ピント面というものは、撮像素子面(やフィルム面)と平行であるのが普通です。
紙のプリントを複写すれば、全体にピントが合うのはこのためですね。
プリントに正対しているのに、プリントの上の方だけピントが合っていて、下に向かって
ボケていく、なんてことがないのは、ピント面が、撮像素子面と平行であるからです。
しかし、昔の「蛇腹カメラ」などは、蛇腹部分をフレキシブルに動かすことで、
レンズだけを上に向けたり横に向けたりして、ピント面をコントロールすることが
できました。こういう撮り方を「ティルト」と言い、ティルト/シフトレンズは、
ピント面と撮像素子面との間の、平行の関係を崩すことができます。
左のオオクワガタは、ティルトせずに撮った写真。真ん中がティルトした写真で、
右は、その状態のレンズです(このまま、カメラをタテ位置にして撮影しています)。
オオクワガタの後ろ脚と、お尻に注目してください。ここまで角度のついた
厳しいアングルからでも、きちんと奥までピントを合わせることができるのが、
ピント面のコントロールを可能とするティルト/シフトレンズなのです。

ティルト/シフトレンズは非常に高価なもので、ぼくは23万円で購入しました。
今では「深度合成」という手法で、ティルト/シフトレンズが受け持っていた撮影領域の
一部がソフト的にできるようになってしまったし、このレンズさえ買っていなければ、
さっさとニコンを見限って、キヤノンに鞍替えできたかなあ・・・と、時々後悔するレンズです。

メーカーの、もの作りの哲学には、すでに顕在化している需要に応えるだけの
「マーケット・イン」と、「こんなもの作ってみたぜ!」と、製品先行で需要を掘り起こし、
顧客に独創的な提案をしていくタイプの 「プロダクト・アウト」とがありますが、
カメラメーカーたるもの、見栄を張ってでも、後者の姿勢をアピールすべきだと思いますね。
昨今のカメラメーカーの、あまりにもスケールの小さな損得勘定や、
ボリューム・ゾーンにおもねるだけの短絡思考は、見ていて息苦しくなるほどで、
こんなにも「売れ筋、売れ筋」と言っているようでは、そのうち、
カタログの「標準ズームレンズ」、「望遠ズームレンズ」の次のページには、
「EXILEのCD」、「村上春樹の本」、「崎陽軒のシューマイ」が、
ごく普通に並ぶ日が来てしまうかもしれません。

・・・ああ、一度は軌道修正したのに、結局、メーカーの悪口で終ってしまった(笑)。
 本来であれば、「では、なぜ一眼レフを使うのか」 の後編をお送りすべきところ、
オリンパス・プロユーザー忘年会(はやいなあ・・)で飲み過ぎてしまいました。
いま、まとまった文章を書く自信がないので、
今日のところは、その忘年会の話題でお茶を濁させてください。

10月8日のブログで、ぼくは以下の内容を書きました。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 
10月4日の記事で、「自分はブログだけで精一杯、FBまでは無理」と書いたのですが、
海野和男さんが、ちょうどこの日からFBを始められたようで、「小諸日記」に、

「実際見てみると、正直、今の時流はfacebookなのだなと、つくづく思った。
世の中ブログではなくて、今やfacebookなんだと言うことがはじめて理解できた。
何事もやってみなければわからない。ぼくも今回の機会を逃せば、
今の世界から取り残された老人になるところだった。」

と書かれていたのを読み、あまりのタイミングに、のけぞってしまいました(笑)。
「おまえは取り残された老人だ!」 とお叱りを受けたような心境です。 がっくり・・・。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

その海野さんに、忘年会でお会いしたのですが、
「森上がブログなんか始めるから、その先を行かなきゃ、ってfacebook始めたんだよ!」
とのこと(笑)。
あの日の「小諸日記」からは、そういう「悪意」を、ひしひしと感じたのですが、
やはり、そういうことでしたか・・・。
昆虫写真家のピンとキリ
「昆虫写真家の、ピンとキリ」 (尾園 暁さん撮影)

海野さんにいじ(め)られるぼくというのは、
困ったことに、すっかり忘年会シーズンの「季節の風物詩」のようになってしまい、
周囲の人々は、面白がって見ているだけで、誰も助けてはくれません。
尾園 暁さん には、写真までパチパチ撮られてしまい、
ここ↓に、「指切りげんまん」の写真がアップされていますが、
http://blog.livedoor.jp/photombo/archives/1736719.html
はぁて、何の約束だったろう???

夜も更け、海野さんの挨拶と一本締めで、お開きとなり、
その後は二次会へと突入したのでした。
締めの挨拶
「海野さんの締めの挨拶」
 前回の記事は、「コンデジ礼賛」に終始し、「それでも一眼レフを必要とする理由」
については、何もコメントしていませんでした。
一眼レフ(「ミラーレス一眼」もここに加えます)が手放せない理由として、
大きなポイントは2つあります。2回に分けて、それらを1つずつ書きたいと思います。

理由その1。「色空間を管理するために、一眼レフが必要である」。

「いろくうかん」と読みます。撮影時に記録される色を、どれほど豊かなものとするか、
一眼レフは、撮影者の意思でこれを決めることができます。
Adobe RGBとsRGB(コンデジはsRGB固定です)、2種類の色空間が選べるように
なっているのが普通で、前者の方が圧倒的に広くて豊かな色域を持っており、
特にグリーン系の色域において、その差が顕著です。
ところが、Adobe RGBを表示できるパソコンディスプレイは、きわめて限られています。
自分のパソコンがどちらかわからない人は、対応していないと思って間違いないです。
Adobe RGBを表示できるディスプレイは、それを必要とする人のみが、
高価であっても敢えて選び取るものであり、購入時に色空間のことを意識していなければ、
そのパソコンディスプレイがAdobe RGB対応である可能性はまずありません。

ぼくのパソコンディスプレイは、Adobe RGBが表示できますが、
では撮影時にAdobe RGBの色空間を選択しているのか? と言われれば、
答えはノーで、ぼくは敢えてsRGB色空間を選んでいます。
日本の印刷会社は、Adobe RGB撮影データの扱いがあまり上手でないように思うことと、
世間の大多数の人が見られない色空間で撮影してしまうと、
その写真を編集者にプレゼンテーションしたり、また、ブログにアップしたりする際には、
一般的なディスプレイでの見え方を一々確認しないと、表示色に責任が持てないからです。
Adobe RGBの方が、豊かな色域を持つ優れた色空間であることは間違いないのですが、
それを共有してもらえる周辺環境が全く整っていないため、
ぼくは、わざと貧しい色空間で撮影しているのです。

しかし、Adobe RGBの撮影データが、どうしても必要になるケースがあります。
欧米などの印刷環境では、こちらが主流ということなのでしょう。
ぼくの写真を販売管理してくれるストックフォトエージェンシーからは、
「あらゆる販路に対応できるよう、納品はAdobe RGBのデータでお願いします」
と言われています。主として、海外への販路を意識しているのだと思います。

一眼レフには、一般的なJPEGというファイル形式だけでなく、
RAWというファイル形式で撮影・記録できる機能が備わっています。
RAW(ロウ)とは、「生(なま)」という意味です。
この「生データ」は、そのままでは、印刷に回すどころか、パソコンディスプレイ上でも
表示不能で、専用ソフトを使った「RAW現像」というデジタル現像のプロセスを経て、
初めて、JPEGやTIFFなどの一般的なファイル形式に変換して視覚化できます。
このRAW形式で撮影しておけば、とりあえずsRGBで撮ってあった写真でも、
RAW現像時に、Adobe RGBにも現像展開が可能となるのです。
撮影時に色空間の選択ができるのも一眼レフだけであるなら、それを、画質の劣化なしに
異なる色空間に変換して出力できるのも、また一眼レフだけということになります
(ごく一部のコンデジがRAW撮影できるようですが、それらの機種が
昆虫撮影に向いているとは思えません)。

一眼レフには、1回の撮影で得られる写真を、RAWとJPEG、2つの異なるファイル形式で
同時に記録できる機能が備わっており、多くの場合、ぼくはこのスタイルで撮影しています。
色空間の変換という、「大手術」を必要とする場合や、また、本で大きく扱うデータを
入稿する際には、RAWデータから現像展開した「本気の」データ起こしを行いますが、
使うかどうかわからない写真を、とりあえず編集者に送って絵柄確認してもらったり、
また、画質に神経質になる必要のないブログ用の写真(Webで見せる写真は、
印刷の5分の1程度の解像度で同じほどシャープに見えます)を、必要なサイズにして
アップしたりする場合などは、「抱き合わせのJPEGカット」を使い、
RAWデータには手をつけません。

なぜ一眼レフを使うのか。今回の「前編」を読むかぎり、
ますます「そんなことならコンデジで十分」と思われる方が多いと思います。
そのとおり、「昆虫撮影はコンデジでおおむね十分」というのが、
あくまでぼくの基本認識ではありますが、次回の「後編」では、もう少し
「一般的な用途でも、一眼レフならではのアドバンテージというものは一応存在する」
ことについて書きたいと思います。

ほとんどの方が見られないAdobe RGBの作例写真をアップしても意味がなく、といって、
写真のない記事も寂しいので、つい先日、柿の実から出てきたイモムシをご紹介します
(sRGBでの撮影です)。
カキノヘタムシガの幼虫
「カキノヘタムシガの幼虫」

いただきものの柿の実から、こんなイモムシ(15mmぐらい)が出てきました。
「ほぉ~、これがカキノヘタムシガかあ。初めて見たなあ・・・」とうれしくなって、
いま飼育しています。柿を送ってくださった方がこのブログをご覧になっても、
森上は心から喜んでいるな(笑)、と思うだけで、自責の念にかられることはないでしょう。
果樹園の経営者にとっては、「柿の実の大害虫」ですが、ぼくは初めて見る虫なので、
飼育して、この機会にぜひ蛹なども見たいと思っています。
タッパーの一室を与えられた幼虫は、柿の果肉を定期的に補充してもらって、
むしゃむしゃと食べ進み、たくさんのフンをしています。
この人に、渋柿をやったら、どういう反応を見せるだろう? 
大事な1匹なので、今回は、そんな罰ゲームみたいな実験はやめておきます(笑)。
 ブログの更新が少々滞りました。すみません。
出版企画をひとつ通すのに、かなり難航し、通ったあと、脱力しておりました。
来年初夏には、これで何とか2冊の本が同時に出せそうです。がんばらねば・・・。

ツバメシジミの交尾(600万画素コンデジ)
「ツバメシジミの交尾(600万画素コンデジ)」

さて、昆虫撮影にはどんなデジカメがよいか、ときどき相談を受けることがありますが、
選択肢が多すぎて、どう選んでよいか、悩んでしまう方が多いように思います。
規格が実質的に1種類のみだったフィルム時代とは異なり、
デジカメでは、レンズの焦点距離ひとつとっても、撮像素子のサイズにより、
同じ焦点距離のレンズが望遠にも標準にもなるので、
慣れるまでは、確かにややこしいものだと感じますね。

相談を受けて一番困るのは、すでに一眼レフを購入されていて、
「どうしてもシャープに撮れないが、どうしたらよいか?」 と訊かれるケースです。
購入の前であれば、迷わずコンパクトデジカメ(コンデジ)をお薦めするのですが、
高価な一眼レフを購入後だと、「無駄な買い物をしましたね」、とも言えず、
「とりあえず感度を400~800にして、F16に絞り、内蔵ストロボを光らせてください」
という、苦しまぎれの「対症療法」をお伝えするしかありません。
一眼レフで写真を撮るということは、乗りこなしの難しい10トントラックのハンドルを
握るようなもので、どうしてもそういう車が必要なのだ、という「覚悟」がない限り、
それと同様にシャープな写真を撮るのは難しいものです。
ぼくも、観光旅行には、昆虫に出会える可能性があっても、一眼レフは置いていきます。
使いにくい、面倒なカメラを持っているというだけで旅行が楽しくなくなってしまうし、
意外な虫との出会いがあったとしても、コンデジさえ持っていれば何とかなるからです。

カメラ初心者の「虫屋」(=昆虫愛好家)さんが、記録としての昆虫写真を撮り、
学会誌や同好会誌に投稿しようという場合、コンデジで撮る方が圧倒的に失敗の少ない、
よい写真が撮れると思って間違いありません。ピンボケになりやすい接写の領域で、
ピントの失敗が少なく、はるかに歩留まりがよいのがコンデジなのです。
100の苦労をして100点の写真が撮れるのが一眼レフなら、
10の苦労(?)で、80点の写真が撮れてしまうのがコンデジだと言ってよいでしょう。
アゲハ(1200万画素コンデジ)
「アゲハ(1200万画素コンデジ)」

セグロアシナガバチの巣材集め(1200万画素コンデジ)
「セグロアシナガバチの巣材集め(1200万画素コンデジ)」

アゲハのポートレートと、セグロアシナガバチの巣材集め(お墓にある卒塔婆の表面を
齧っている)を、ごく平凡な1200万画素のコンデジで撮ってみました。
アゲハの方は、すでに雑誌でも使ったことがあるカットですが、商業印刷に十分使えます。
背景が見通せる位置から撮影したセグロアシナガバチの方は、
うしろのお墓がうっすらと見え、昆虫のいる周辺環境がわかるということでは、
バックが完全にボケてしまう「一眼レフ+マクロレンズ」という組み合わせより、
ずっと雰囲気のある描写をしてくれると言ってよいと思います。
わずか1万7千円で買ったコンデジ(カシオEX-ZR100)ですが、なかなか見事な描写です。

写真の二大失敗要因は、「ブレ」と「ピンボケ」ですが、
コンデジは、その構造上、ピントの合うエリア(奥行き)が広く、
一眼レフよりずっとピンボケになりにくい、というアドバンテージを持っています。
たとえばVサインをしている人物を撮る場合、Vサインにピントを合わせれば顔がぼけ、
顔にピントを合わせればVサインがぼけてしまうのが一眼レフですが、
コンデジで撮ると、どちらにもきっちりピントが合っているという、
一眼レフでは決して撮れない写真が簡単に撮れてしまうこともあるほどです。
コンデジは「ピンボケから解放されたカメラ」と言えるでしょう。
アブラゼミ(600万画素コンデジ)
「アブラゼミ(600万画素コンデジ)」

一眼レフには、非常に高性能のオートフォーカス機能が搭載されていますが、
少し意地悪な言い方をすれば、そうでもしないとコンデジ並みにピントが合わないからだ、
と言ってもよいと思います。
このアブラゼミの写真といい、上の方で紹介したツバメシジミの交尾写真といい、
ピントの合うエリア(奥行き)の広い特徴を活かした撮影は、適度に背景も描き出し、
周辺環境の情報量の多いこうした写真は、記録的価値としては特にすぐれています。

コンデジの進化には、めざましいものがあり、最近では、何枚も連写して
よいものを後から選べたり、連写したカットを、明暗に傾斜配分して合成することで、
明部を飛ばさず暗部もツブさないという、奇跡の「両立」写真が簡単に撮れてしまったり、
保守的な一眼レフを、はるか彼方に置き去りにするような先進機能を搭載した
意欲的なコンデジが次々に登場してきています。
ぼくは、一眼レフは2010年発売の機種をいまだに使い続けており、買い替えたい機種も
市場に存在しませんが、コンデジは、毎年のように新機種を買っています。
フィールドへ持って出る機材の95%以上の重量は、今なお一眼レフシステムのものですが、
お昼の弁当を食べながらふと気づけば、今日は、朝からコンデジしか使っていないなあ・・・、
ということが、しばしば起きるようにもなってきました。
12kgある日帰り取材のセットが、いずれは1kg以下で済む日が来るのかもしれません。
今どきのコンデジ、恐るべしです。
 10月28日の記事で、「文化の日の蛾」として、ミノウスバをご紹介しました。
このミノウスバを白バックで撮影中に、ぼくがうっかり刺激を与えてしまい、
しまった!飛んじゃうかな? と思って身構えたのですが、飛び立ったりはせず、
尻を高々とかかげて、このようなポーズを見せてくれました。
ミノウスバ・威嚇(白バック)
「ミノウスバ・威嚇(白バック)」

おお、そうか。きみの決めポーズはこれだったね!
久しく見ていなかったので、忘れていましたが、ミノウスバ独特の威嚇姿勢です。
飛翔中には、決して見せないポーズですし、ネットインすると、
まずはフリーズして擬死の態勢に入るので、本当に久しぶりに見たような気がします。
「昼間に飛ぶ、はねの透明な、黄色と黒の混ざった虫」、ということでは、
これもハチ擬態の一例かもしれませんね。蛾ですから、もちろん針はありませんが、
「刺すぞ!」とハッタリをかけているのかもしれません。

白バック撮影というのは、いわば「生きた昆虫の標本撮影」みたいなものですが、
その成否を分ける生命線は、「躍動感」ではないかとぼくは思っています。
一時的に虫の動きを止めたり、仮死状態にしたり、撮影しやすい状況を作る裏技は
いくつかあるのですが、ぼくは可能なかぎり「躍動感」を引き出したいと思い、
多くの場合、あまり手を加えずに、舞台上に元気なモデルを載せています。
虫は当然、写真におとなしく収まってはくれませんから、今回のミノウスバのように、
威嚇してきたり、あるいは飛んで逃げたり、時にはポロポロとウンチをしてしまうものも
出てくるわけですね。

最近では、白バック上で起きるハプニングがだんだん楽しくなってきて、
その分、集中感もいい感じで持続しますから、おもしろい瞬間を逃さずに
キャッチできるようになってきました。ハラヒシバッタのジャンプです。
ハラヒシバッタ・ジャンプ(白バック)
「ハラヒシバッタ・ジャンプ(白バック)」

このように、動きのある白バック写真を撮影しているうちに、
「作品」といえるものがかなり集まってきたので、いずれ本にまとめたいと思って
準備していますが、今のように、撮影が楽しいと思えるようになるまでは、
白バック撮影は、ほとんど「スポ根」だと思っていました。
なにしろ、「元気いっぱいのバッタ」を台に載せて撮影しようというのですから、
ちょっとした「覚悟」が必要であり、そんなに簡単なものではありません。

撮影台に載せる、ファインダーを覗く、ジャンプして逃げる、追いかける、
部屋の隅でつかまえる、撮影台に載せる、ファインダーを覗く、ジャンプして逃げる、
追いかける、部屋の隅でつかまえる、撮影台に載せる・・・。
10回もこれをくり返すと、それだけでもう、汗びっしょりです。
しかも、「ジャンプして逃げる、追いかける、部屋の隅でつかまえる・・・」、
という単純なくり返しは、むしろ幸運な事例であって、
体が小さいヒシバッタのような昆虫の場合、事態はさらに紛糾をきわめ、
スタジオが修羅場になることもしばしばです。

「ジャンプして逃げる、追いかける、見失う、机をどかす、椅子もどかす、棚をずらす、
見つからずに頭を搔きむしる、自分をののしる、目の前にピョンと出てくる、
神に感謝する、感謝しているうちにまた逃げられる、神を呪う、また出てくる、
今度こそつかまえる、うわあ埃まみれじゃないか! 洗面所で洗う、バッタがいやがる、
かわいそうで胸が痛む、ティッシュでやさしくくるむ、ティッシュから大切にそっと出す、
人の気も知らずジャンプして逃げる、追いかけてころぶ、バッタと一緒に埃まみれになる、
気落ちする、放心しているうちにまた逃げられる、自分の目的がわからなくなる・・・」、
大げさでなく、こういうことがわが家のスタジオでは実際にしばしば起きているのです。
今では、それさえも楽しめるようになってきましたが(笑)。

ナナホシテントウの撮影は、ヒシバッタにくらべれば、ずいぶん楽なものでした。
上へ上へと向かう虫ですから、飛ばれても見失うことがないのは、非常に助かりますね。
ナナホシテントウ・飛び立ち(白バック)
「ナナホシテントウ・飛び立ち(白バック)」

「ぼくらはみんな生きている。生きているから××だ」、という歌がありますが、
生きているからこそ、躍動感あふれるカッコいいポーズが決まるし、
生きているからこそ、想定外のハプニングもあって楽しいのでしょう。
奥が深い白バック撮影ですが、「名優」たちには、ぼくの演出意図になどお構いなく、
変に空気を読まずに? 舞台上で自由気ままに動いてほしいものです。
そんな時にこそ、撮影者の意図を超えた、思いがけないよい作品が生まれるのです。
 少し前に、ネコ顔のヒメジャノメ幼虫が蛹になったというご報告をしましたが、
今度は、同じササの鉢植えで、ヒカゲチョウが蛹化のときを迎えました。
ササ類を食草とするイモムシの取材ということで、もともとは、ヒカゲチョウの方を
メインの撮影対象として飼育を始めたのですが、ぼくが、ネコ顔のヒメジャノメばかりを
「猫かわいがり」した結果、ヒカゲチョウの幼虫は、今回がブログ初登場となります。ヒカゲチョウ幼虫(白バック)
「ヒカゲチョウの幼虫」

ヒメジャノメの幼虫と同じように、頭に2本の突起をつけてはいるのですが、
両者が平行に伸びているため、耳のようには見えません。
尾端も2つに分かれているので、一見、どちらが頭かお尻か、わかりにくいスタイルです。
こういう、体の前と後ろがわかりにくい昆虫は決して珍しいものではなく、
一般的には、捕食者である鳥などへの視覚攪乱効果があるのではないかと言われています。
捕食者が、頭であると誤認してそこを攻撃すると、実はそこはお尻の先であって、
昆虫としては、最初の一撃が致命傷となることを回避でき、
「次の矢」を受ける前に、辛くも逃げ切ることが可能、というしくみなのですが、
あくまでそれは、飛んだり跳ねたりできる虫ならではの対応であって、
ゆっくり這うだけのイモムシにとって、体の前後を誤認させるこのスタイルが
どのように機能しているのか謎です。

きゅっと丸まってフリーズしていた「前蛹」の状態は、まる1日以上続きます。
10月20日の記事でご紹介した、ヒメジャノメと同じスタイルですね。
時が満ちると、脱皮の衝動が波のように全身に伝わっていき、
体を伸ばすとともに、蛹化が始まります。
ヒカゲチョウの蛹化(前半)
「ヒカゲチョウの蛹化(前半)」

頭のすぐ後ろが、まず割れるようで、幼虫の皮が、体の後ろへ後ろへと送られていきます。
尾の先端で葉にぶら下がっているわけですから、この脱皮は、重力に逆らう方向となり、
あくまで虫自身による自発的な動きです。 何としてでも、一気に脱ぎ切るのだ、という
強い意志を感じるほどで、ファインダー越しに見ている方にも力が入ります。
幼虫時代の頭が、もとあった位置から、体のおなか側を通り、後方(写真では上の方)へ
ぐんぐん送られていくところに注目してください。

脱皮がとりあえず完了すると、最後は、まだやわらかい体をぶるん、ぶるんと振り回し、
足場の固定が万全であるかどうかを、確かめているようなしぐさを見せます。
ヒカゲチョウの蛹化(後半)
「ヒカゲチョウの蛹化(後半)」

この運動は十数回ほども続き、蛹はその後、ピタリと動きを止めました。
ようやく、重力に身をゆだねることができ、ホッとした、というところでしょうか。
あとは、時間をかけてじわじわと、ゆるんでいたような輪郭が締まり、
蛹らしい、鋭角的なシルエットに変化していきます(下段右端の写真)。
蛹化開始から、脱皮が完了するまでに、およそ15分。
輪郭が整うまでには、もう15分ほどかかりました。
全体でも、わずか30分のドラマということになります。

あちこちのササの葉裏で、毎年、数知れぬ同じドラマが展開されているはずですが、
それを見られるチャンスは限られています。いち早くそれを見届け、伝えたいと思う
気持ちがあるうちは、昆虫写真家は長時間の撮影待機にも耐えられるわけですね。

ところで、10月16日の記事で、
「切ったササの葉は、まったく日持ちがしない」、と書いたのですが、
同じようにクロヒカゲを飼育されている 新開 孝さんのブログ 「ひむか昆虫記」で、
ほとんど同じ時期に、
「ササの葉はちょっと工夫すれば、4〜5日は保つから飼育は簡単」
という記事が出てしまいました(笑)。
「ぼくの立場がないじゃないですか(泣)」、というメールをさし上げたのですが、
新開さんは、この出来の悪い後輩に、「こうすればいいんだよ」と言って、写真まで添えて
秘伝を親切に教えてくださり、これは他言してはいけないのだろうな・・・と思っていたら、
10月31日のブログで一般公開されました。なんという気前のよさでしょう(笑)。

まあ、何も工夫しないと、ササは萎れやすいもの、ということは
確かにそのとおりではあるのですが、ぼくの知識と工夫が足りませんでした。
読者の皆様にはお詫び申し上げます。
両ブログの記述に相違がある場合は、「ひむか昆虫記」 優先でお願いします(笑)。

あ、新開さんは今日がお誕生日でしたね。おめでとうございます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。