3回連続でこのテーマを扱ってきましたが、今回が最終回です。

 タケオオツクツクというセミは、不思議なことに、
竹林にとことん依存して生きているくせに、成虫・幼虫ともに、
竹に止まる・のぼることに適した体をしていません。

ガラスのようなつるつるの面に止まれるハエのような虫は、
自然界でも当然、つるつるの葉っぱなどに止まることができます。
そのため、脚先には褥盤(じょくばん)など、吸盤の役目を果たす部分を
具えているものですが、タケオオツクツクの脚先には、ほかのセミと同様に
ツメがあるのみで、竹という寄主植物との物理的相性がよくないのです。
幼虫が竹で羽化できないことは前回書きましたが、
成虫も、ツメがかかるのは竹の節(ふし)だけで、
こんな窮屈な止まり方しかできません。

タケオオツクツク・オス(モウソウチクに静止)
「タケオオツクツク・オス(モウソウチクに静止)」
 
両脇をちょっとくすぐったら、すぐに落ちてしまいそうな止まり方ですね。
ただ、昼間になかなか姿を見せないことを考えると、こうした竹の稈(かん)ではなく、
葉が密に繁茂した細い枝先に身を潜めていることが多いのだろうと思います。
細い枝なら、脚で抱え込むこともできますし、比較的楽に止まることができますね。
細い若枝のほうが、おそらく口吻も稈よりは刺さりやすいと思え、
日中は枝先に潜んで吸汁していることが多いと考えてよいのではないかと思います。

細い枝に口吻を刺そうとしている(?)オス
「細い枝に口吻を刺そうとしている(?)オス」

 スタジオで羽化させた雌雄が色づいたので、白バックで撮ってみました。
腹部に大きな共鳴室をもつ、ヒグラシタイプの体形ですね。オスの方が大型です。

タケオオツクツクの全身像(白バック)
「タケオオツクツクの全身像(白バック)」

また、オスの腹弁(発音器のカバー)が極端に大きく、
ここまで大きな腹弁をもつセミは、日本にはほかにいないのではないかと思います。
真横からのカットでも、腹弁がはみ出して見えますね。
少し前に女の子たちの間で流行った「見せポケ」のようです。

タケオオツクツクの腹弁
「タケオオツクツクの腹弁」

 今回、この発生地から最も近距離に住んでいる昆虫カメラマンとして、
多少の義務感もあり、地の利を生かした取材をしましたが、
来シーズンは他県に転居している予定で、もうこの場所に立つこともないでしょう。
わずか2日間だけの取材で、もう少し掘り下げたい思いもありましたが、
いち外来種のために、これ以上時間をかけることはできません。
日本には、在来種だけでも3万種以上の昆虫がいるわけですから。

 最後に、このセミをきっかけに、多くの人が知ることになった
セミの幼虫の「水麻酔」について記しておきましょう。
これを知っておけば、家が少し遠い人でも、連れ帰って羽化観察することができます。
地上に出てきた幼虫を採集したら、ためらわず水を入れた容器に沈めます。
ほどなく動かなくなりますが、死んだわけではありません。「麻酔」がかかったのです。
そのまま水没状態で持ち運び、自宅など目的地に着いたら水から出します。
蘇生して動き出したら、カーテンなどに止まらせて羽化させます。
知人は2時間水没させた幼虫を、ぶじ羽化させたそうです。

水麻酔にかかったタケオオツクツクの幼虫
「水麻酔にかかったタケオオツクツクの幼虫」

いつまでも水没させておかずに、麻酔にかかったら水から出して
小さなタッパーなどに移した方がよいという意見もありますが、
出した以上、いつ麻酔から覚めるかわからないので、
ぼくは水没状態を維持した方がよいのではないかと思っています。
このやり方を知っていれば、家が多少遠くても、自宅で羽化撮影ができますね。

こうした水没への耐性というのは、羽化の準備が整い、土中の浅いところで待機中の
幼虫が激しい雨などで死なないようにするための適応ということでしょうか。
夕立をやりすごすための、積極的な仮死状態と言えるのかもしれませんね。
「2時間の水没もOK」なんて、昔は過剰なスペックに思えたような護身術も、
昨今の殺人的ゲリラ豪雨を見越してセミの祖先がこんな技を身につけたのだとしたら、
その慧眼に対して敬服するほかありません。

「水麻酔」は、かなり前に専門誌で紹介されたことはありましたが、一般書としては、
昨年刊行された新開 孝さんの『はじめて見たよ! セミのなぞ』(少年写真新聞社)
で紹介され、さらに今回のタケオオツクツク騒動で一気に広まった感じです。
タケオオツクツクねらいで集まった人たちがみな「水麻酔」を知っていて驚きました。

タケオオツクツクの羽化のピークはすでに過ぎており、
この夏、これから羽化のために地上に出てくる幼虫に会うことは、
難しいかもしれません。
でも、成虫の鳴き声はまだ当分のあいだ、聞くことができるでしょう。
竹林全体を震わせるような大合唱が、
今日もあの場所で日没の頃に響きわたるはずです。

(※ 今回の記事に書いたタケオオツクツクに関する知見の多くは、
  埼玉昆虫談話会の会報等に寄稿された碓井 徹氏らの論文から情報を得ています。)
 前回の続きです。

 目を皿のようにして見つけ出そうとしたタケオオツクツクの幼虫ですが、
ふと気づけば目の前ですでに羽化が始まっていたり、今にも羽化しそうに
定位(場所を決め、あとは羽化するだけのもう移動できない状態)していたりします。

低所で羽化するタケオオツクツクのメス
「低所で羽化するタケオオツクツクのメス」
 
本種の印象として、何かによじのぼったら、定位するまでが非常に早いと感じました。
ついさっき確かに探したはずの場所で、見ればもう羽化が始まっているのです。
これは、竹の地下茎から栄養を得て育ち、竹林に依存してきた幼虫が、
いざ羽化する段になると、竹林から出なければならない。
竹林には羽化できる場所がない。そんな事情があるからではないかと思いました。

表面がつるつるの竹は、幼虫のツメがかかるところがなく、のぼることができません。
竹林の中で羽化できるところといったら、稈鞘(かんしょう;タケノコ時代の皮)が
腹巻のように竹の根際に残っていた場合に限り、そのザラザラした表面ぐらいのもので、
多くの幼虫は、羽化場所をもとめて竹林から外へ出なければならないのです。
その旅が長ければ、首尾よく何かにのぼれたら定位を急ぐ必要があるでしょうし、
旅がそれほど長くなくても、長年にわたる羽化場所への「渇望」が、
羽化できるなら贅沢は言わない、そこそこの場所でさっさと定位してしまう、
そんなふうに行動を進化させてきたのではないかと思わせられます。

この日は、まだ幼虫を全く見つけられないでいたときに、
ここで継続調査している方からご厚意で頂戴した1匹を含め、
最終的に5匹の幼虫をもち帰ることができました。
しかし、三脚固定で行う羽化の連続撮影に使えるのは1匹だけです。

幼虫がよく動くこと(定位すべきタイミングが過ぎていないと思われる)、
採集した時刻から、間が空きすぎていないこと(羽化の余力が十分あると思われる)、
本種らしさを色濃くもつオス個体であること(出版社はオスの写真を希望しそう)、
などの条件から慎重に1匹を選び、鉢植えの樹木の葉に止まらせました。オスです。
押さえの別個体をメスとし、同じ樹木の別の葉に止まらせます。
こちらは連続撮影はできないものの、サブカメラでときどきスナップすることで、
オスに対するメス、斜めの角度に対する真正面、など、
折々にメインカットを補完するカットを押さえるわけです。

それ以外の幼虫は、カーテンに止まらせて羽化させました。
撮影モデル選抜の際に選ばなかった3匹は、羽化の進行が途中で止まり、
いずれも死ぬ結果となりましたが、カーテン素材は脚のツメがよくかかるため、
本来は室内での羽化観察には適しています。

カーテンで羽化するメス(別の日に採集した個体)
「カーテンで羽化するメス(別の日に採集した個体)」

「定位が早い」ことが撮影を非常に楽にし、幼虫はぼくが誘導した葉裏に
素直に定位しました。アブラゼミなどは、こういう誘導を嫌がり、
何度も何度も羽化場所を変えようとすることがありますが、
それに比べて、タケオオツクツクのなんと素直なこと!

定位とともに、ストロボの電源を入れます。
スタジオでは、常時5灯を焚けるようにしていますが、
今回は同じ樹木で2匹の羽化を同時に撮影するため、5灯すべてを発光させます。
もし、1匹に集中するのであれば、こんなには焚かないほうがよく、
同業者からは、雑なライティングだと言われそうな話ではあります。

タケオオツクツクの羽化(前半)
「タケオオツクツクの羽化(前半)」

定位後は、何もかもアブラゼミの羽化といっしょで、
意外な発見など何もない、ルーティーンの撮影になりました。

(1)定位の前に葉っぱをゆさぶって、羽化場所として適切かどうか、
   最終確認しています。
(2)定位完了。もう移動できません。
(3)胸が割れました。頭より先に胸が出てきます。セミの羽化の一般論として、
   ここは意外な難所です。頭が出ずにそのまま力尽きて死ぬという事故を
   非常によく目にします。
(4)頭がぶじ出ました。はねを抜こうとしています。
(5)はねが抜け、脚が出て、気管(体内に空気を送る通り道)が抜けて
   へその緒のように切れます。
(6)完全にそり返りました。白い糸のように見える切れた気管が、
   ぬけがらからはみ出しています。
(7)お尻を抜くには、起き上がる必要があり、
   脚を使って起き上がろうとしています。
(8)お尻が抜けました。この状態は1秒ぐらいしかないので、
   羽化を連続撮影したい方は、ここを撮りこぼさないようにしましょう。

タケオオツクツクの羽化(後半)
「タケオオツクツクの羽化(後半)」

( 9)頭が上を向くと、はねがどんどん伸びていきます。
(10)本種の特徴である巨大な腹弁(発音器官のカバー)がよく見えます。
(11)この個体は、左右のはねがきれいに同じ速度で伸びています。
   左右で伸長速度が異なる場合もありますが、心配いりません。
(12)はねが完全に伸びました。
(13)はねを屋根型に折り返しました。セミとしてのシルエットの完成です。
   はねはまだ白く濁り、透明感がありません。
(14)はねの濁りがなくなり、完全に透き通りました。脚に力が通い始めました。
(15)脚の力を確かめるかのように、ぬけがらをのぼり、葉に移ります。
(16)ここで落ちつきました。色づくまで、このまま待ちます。

羽化カット2選
「羽化カット2選」

 押さえとして手持ちカメラで並行撮影していたメスが左、
右は三脚撮影(10)のカットのアップです。

セミには、樹幹で羽化するニイニイゼミのようなタイプと、
どんどん枝を移動して行きついた先の「どんづまり」の葉裏などで
羽化するアブラゼミのようなタイプとがいますが、
タケオオツクツクは基本的に「どこでもOK」のセミですね。

このことは、事前に調べてもありましたが、現地でぬけがらのついている場所を観察し、
「どんづまり」もあることを確認した上で、葉裏で羽化を展開させました。
葉裏にぶら下がってもらうと、ストロボを全方位から当てることができ、
羽化のみずみずしい透明感を表現しやすいのです。
幹のような太いもので羽化展開させると、逆光を入れる余地がありません。
庭をもたないマンション住まいの昆虫カメラマンとして、
枝ぶりのよい鉢植えの樹木を、常時いくつもベランダに準備しています。

次回に続きます。
 「タケオオツクツク」というセミをご存知でしょうか?
まだそれほど大々的に報道されてはいないようですが、
昨年、和名がつけられたばかりのホットな外来種です。
今回から3回に分けて、このセミについての記事を書きたいと思います。

和名を漢字表記すると、「竹・大・ツクツク」ということになるでしょうか。
「竹」林に依存して生きる「大」型の「ツクツク」ボウシの仲間。
埼玉県南部の数ヶ所で、鳴き声等によって侵入が確認されており、
そのうちの1ヶ所では大発生に至っています。
クマゼミに匹敵する巨大なセミで、日没前後の1時間しか鳴かない。
そんなうす暗い時間帯は、そもそも姿が見えないし、日中は巧妙に隠れており、
ほとんど姿を見せることがない。文字では表しにくい奇妙な金属音で鳴く。
そんな謎めいた外来のセミが、わが家から車で20分の場所で
大発生しているというのです。これは、見に行かないわけにはいきません。

タケオオツクツクの発生地
「タケオオツクツクの発生地」
 
 7月29日。まずは日中に現地の発生ポイントに立ってみました。
耳をすませば、ニイニイゼミ、アブラゼミ、ミンミンゼミが鳴いており、
時おり、うす暗い林内からのヒグラシの声が蝉時雨を彩ります。
ほどなくツクツクボウシも鳴き始め、これはツクツクボウシの初鳴きとしては、
ちょっと早すぎますね。例年は8月に入ってからです。
いずれにしても、この5種が本来はこの地域に棲息するセミの全てであるはずで、
ここに人知れず巨大な外来種が第6のセミとして侵入し、
気がつけば大発生していた、ということになります。

前日に通りすぎた台風12号の影響で、セミのぬけがらがいくつも地面に落ちており、
拾い上げてみると、確かにタケオオツクツクのぬけがらであることがわかります。
アブラゼミよりも明らかに大きく、尾端が鋭く尖っていればタケオオツクツク。
ほかのセミと同様に、尾端で雌雄も識別できます。

タケオオツクツクのぬけがらの尾端
「タケオオツクツクのぬけがらの尾端」

落下せずに残っていたものもありました。
後ろに見えるのが発生地の竹林で、許可なく柵の中に入ることはできません。

タケオオツクツクのぬけがら
「タケオオツクツクのぬけがら」

 「殺人アリ」として悪名高い外来種・ヒアリが各地の港で発見されていますが、
埼玉県は海に面しておらず、港もありません。
外国との接点となる港周辺を経由せずに、外来種がこんな内陸部に
いきなり出現したというのは、きわめて異例のことです。

タケオオツクツクの原産国が中国であることから、
侵入経路として、ひとつの仮説が提唱されています。
同じく中国を原産国とする外来種・ムネアカハラビロカマキリの侵入経路は、
どうやら中国産の輸入竹ぼうきによるものであり、
タケオオツクツクも、これと同じではないかと。

ムネアカハラビロカマキリは、同時多発的に、日本のあちこちに出現しました。
侵入地点から同心円状に広がっていく外来種の分布拡大の構図とは明らかに異なり、
とつぜん各地に姿を現したのです。
その後、スーパーやホームセンターなどで売られている中国産の竹ぼうきから、
竹の細枝に産付されたムネアカハラビロカマキリの
生きた卵鞘が多数見つかったことで、
「燻蒸もせずに出荷された中国産の粗悪な竹ぼうきこそ、
 ムネアカハラビロカマキリの侵入経路にちがいない、
 同時多発的に日本のあちこちに出現したのも、
 販売ルートの物流に乗って竹ぼうきが各地に運ばれたとすれば説明がつく」、
そんなふうに結論づけられようとしています。

竹林に棲み、竹に産卵されたセミの卵が、竹ぼうきの中に潜んだまま輸出され、
その竹ぼうきが日本の竹林の近くで使われ、そのまま放置あるいは廃棄されたなら・・・。
そして、孵化した幼虫がその場で土中にもぐり、竹の地下茎が縦横に走る土中が
母国の棲息環境に酷似していたなら・・・。
まだ結論は出ていないようですが、ぼくはこの仮説がおそらく正解だろうと
思っています。

 地表を焦がすような猛々しい太陽がようやく地平線に飲み込まれ、
竹林に夕闇が忍び寄るころ、何台かの車が申し合わせたように到着し、
網を持った人たちが降りてきました。

タケオオツクツクねらいの人たち
「タケオオツクツクねらいの人たち」

 「埼玉県に外来ゼミ」という新聞報道は地味なものでしたが、
タケオオツクツクの情報は、すでに多くの人に知られているようですね。
聞けば、純粋な「セミ屋」というわけでも、コテコテの「虫屋」というわけでも
ないそうですが、それでも、ミステリアスな大型の外来昆虫に対して、
男たちのハンターの血が騒ぐということなのでしょう。
連日のように、セミねらいの人だかりができるそうです。
まあ、今回は外来種ですから、どんなに強い採集圧がかかっても、
それで大きな問題になることはないでしょう。
暗くなった竹林を見上げる成虫ねらいの人たちとは別れ、幼虫ねらいのぼくは、
うつむいて側道の地面をライトで照らしながら、ゆっくりと歩を進めます。

6時半をまわり、タケオオツクツクが鳴き始めました。
ほどなく、仲間が追随して大合唱になり、すさまじい音響が竹林を震わせます。
話に聞いていたとおり、金属音のような鳴き声ですが、
以前、マレー半島の山中で聞いたファンファーレのようなセミの鳴き声ほど
「金属的」という感じでもありません。
ミンミンゼミやツクツクボウシのような節まわしのある声ではなく、
アブラゼミのような一本調子に近い鳴き声です。
五線譜に記せば、音符がほとんど上下動しないタイプ。

7時半、鳴き声がぴたりと止みました。
これはすごい。鳴き始め以上の同調性で、一斉に消音したという感じです。
耳がキーンとなるような静寂が、とつぜん辺りを支配します。
ふと気づけば、足もとでカサコソと音を立てるものがいました。
地上に現れたタケオオツクツクの幼虫です。

タケオオツクツクの幼虫
「タケオオツクツクの幼虫」

この個体は泥にまみれていましたが、タケオオツクツクの幼虫は、
比較的きれいな姿で地上に現れるものが多いようです。
写真下は、白バック撮影で幼虫の全身を見せたもの。
アブラゼミの幼虫の腹部だけを引き延ばしたような体形をしています。
セミの幼虫を見慣れている人ほど、「腹、ながっ!」という印象をもつことでしょう。

次回に続きます。
 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2017年の新刊
「2017年の新刊」

2017年の新刊は、『ポケット版 身近な昆虫さんぽ手帖』(世界文化社)でした。
2018年の出版は、1冊は決まっており、あともう1冊出せるかどうか・・・
というところで、発売が決まりましたら当ブログでお知らせしますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年末最後の記事で、明日はフィールドに出ます、と書きましたが、
12月30日に、5人の虫仲間と神奈川県まで行ってきました。
ひとつ前の12月9日時点より足腰の状態は良く、足取りも比較的普通です。
このまま順調に良くなってくれるといいのですが。

雑木林を行く
「雑木林を行く」

3時を過ぎると、あっという間に高度を下げていく12月の太陽。
強い光がレンズ内を踊るように駈け抜けていき、不思議な形のゴーストが出現しました。
異世界への入口に消えていくように見える仲間のうしろ姿にも、
今ひとつ現実感が感じられません。

ヤドリギ
「ヤドリギ」

ふり返れば、高い梢にはヤドリギが見えます。
夕方の時間帯でなければ、もう少し鮮やかなグリーンをお見せできたかもしれません。

木製の手すりに、不思議な形の虫がいました。
クチナガオオアブラムシの仲間の有翅タイプでしょう。
お尻から出ているように見えるのは口で、「頭の部分から下向きに生えている
セミのような口吻が、おなかの下を通り抜けてさらにお尻からはみ出している」
という構図です。つまり体長よりもずっと長い口を持っている、というわけ。

クチナガオオアブラムシの仲間(有翅タイプ)
「クチナガオオアブラムシの仲間(有翅タイプ)」

この日のお目当ては、フユシャクという、冬にだけ現れる地味な蛾。
シャクトリムシの成虫で、「冬尺」の尺の部分は「尺取虫」の尺です。
フユシャクという名前はグループの総称で、日本に35種いますが、
全種類の写真撮影に成功された方は、日本に2人しかいません。
きわめて限られた地域にしかいないものや、何十年も前から記録が
途絶えていたもの(一昨年、再発見されました)など、
全種撮影は非常に困難なもので、誰にでもできることではありません。

しかし、よい発生地を見つければ、市街地に隣接した公園や雑木林でも、
ひと晩に10種程度が見られることはあります。

完全に日が暮れると、1匹、また1匹とフユシャクが飛び始めました。
ライトの光芒に、音もなく闇を舞う小さな蛾の姿が浮かび上がります。
飛べるのはオスだけで、メスには翅がないか、あっても痕跡的なもので、
オスが闇の中を飛び回って、どこかで待っているはずのメスを探します。

樹皮で交尾するナミスジフユナミシャク(上がメス)
「樹皮で交尾するナミスジフユナミシャク(上がメス)」

生きものの気配も感じられないような真冬の雑木林で、
ぶじに相手を見つけることができた ナミスジフユナミシャクのカップル。
上がメスです。翅は痕跡的なもので、この角度からははっきり見えません。
冬の夜に愛し合う変温動物のカップルは、お互いを温め合うことはできませんが、
見ているこちらを、ほっこり温かい気持ちにさせてくれます。

この晩は結局、10種見ることはできなかったものの、
7種のフユシャクたちに会うことができました。
これだけでも、日本産フユシャクの2割に会えたことになりますね。

12月30日に出会ったフユシャクたち
「12月30日に出会ったフユシャクたち」

左上から時計回りに、ナミスジフユナミシャクのオス、ウスモンフユシャクのオス、
シロオビフユシャクのメス、そしてシロオビフユシャクのオス。
このほか、チャバネフユエダシャク、ウスバフユシャク、クロテンフユシャク、
シモフリトゲエダシャクが姿を見せてくれました。

これからしばらくの間、ぼくのフィールドワークは冬眠期間に突入し、
本の制作のデスクワーク中心の生活になります。
その間に、きっと体も回復するでしょう。
ぜひ、そうあってほしいものです。
 何人かの方にはご心配いただき、
それよりいくぶん多くの方からは笑われた頭皮の医療用ホチキスもぶじ外れ、
何とか社会復帰しました。 ぼくの周囲のツッコミキャラの方々は、
ぼくがボケてもしばらくは頭をはたかないようにお願いします。
「その部分、ハゲるかもしれませんよ」と言われており、心が半分折れています。

足腰の痛みの方は相変わらずで、
明日の30日こそ、気力を振り絞ってフィールドへ出てみたいと思いますが、
11、12月の野外撮影は、明日を含め、たった2日間のみで終りそうです。

5月発売予定の本の準備や、ほかの作家の方が出版される本の解説執筆など、
撮影以外の仕事があるから救われているようなものの、何もなかったら、
余生を過ごすおじいちゃんのような年末を迎えていたことでしょう。

 12月22日の病院からの帰り道、コンパクトカメラで撮った写真です。

青々と葉を繁らせるプラタナス
「青々と葉を繁らせるプラタナス」

温暖化の影響でしょうか。12月の光景とは思えません。
プラタナスが青々と葉を繁らせ、まるで初夏のようです。

一方、ヤツデの花が満開で、こちらはまさしくカレンダー通りの光景。

満開のヤツデ
「満開のヤツデ」

11~12月に花を咲かせるヤツデは、冬に活動する虫たちの貴重な吸蜜源で、
気温が上がる午後には、けっこうな数の虫たちが花を訪れます。

セイヨウミツバチと数匹のハエが来ていましたが、残念ながら種類は不明。

ヤツデを訪れるセイヨウミツバチ(左上)とハエ
「ヤツデを訪れるセイヨウミツバチ(左上)とハエ」

右下はツマグロキンバエに見えますが、
多くの図鑑に成虫出現期は10月まで、と書かれています。
別種なのか、それともツマグロキンバエでよいのか?

ミツバチとハエの写真はいずれも、コンパクトカメラのストロボ発光部を
指で半分覆い隠すようにして露出オーバーを防ぐ、というアナログな撮り方ですが、
ずっと同じ機種を使っていると、こんな撮り方にもすっかり慣れてしまいました。
カシオのEX-ZR100という古い機種で、もう入手できません。

 ぼくはこの機種が好きで、3台持っていますが、
最後に買った3台目は、カメラの値段としては破格の1万7千円でした。
この機種で撮った写真を、一眼レフで撮った写真に混ぜて本で使ってきましたが、
少しも見劣りしません。カシオの現行機種で欲しいカメラは1台もないので、
まったく偶然できた名機なのでしょう。
昆虫は被写体としてメインストリームではないので、高級機や最新機種が
よいとは限らず、偶然できた名機を「まとめ買い」しておくしかありません。

2010年発売のニコンD7000も6台持っていますが、これが今もぼくの主力機です。
製造中止後に、5台目と6台目は4万円台で買いましたから、
これもカメラマンの主力機としては破格値ですね。
ニコンの現行機種は60万円台のD5といえどもぼくの仕事には全然使えないもので、
4万円台の機種に到底かなわないわけですから、皮肉なものです。

「人間」、「風景」、「スポーツ」を撮るなら新しい機種の方が断然よいことは明白で、
カメラメーカーは基本的に、この3つ以外の被写体にはほとんど配慮していません。
昆虫に興味を持つ人が多数派にならず、被写体として昆虫がメインストリームに
なっていかないというのは、昆虫を撮るカメラマンの責任ですから、
カメラメーカーを責めるのも筋ちがいでしょう。

ぼくがもっとがんばって、どこの街角でも
「今年ギフチョウ撮った?」、
「フチグロトゲエダシャク撮りそこねた~!」、
「見て見て! マダラアシナガバエって、インスタバエするよね~!」
なんていう会話が交わされるようになれば、カメラメーカーも本腰を入れて、
昆虫撮影にふさわしいカメラを続々と出してくるのでしょう。
カメラメーカーの人に会うたびに愚痴っていても仕方がないので、
本当にもっとがんばらないといけません。

明日は夜の撮影です。
気温がマイナスになりませんように。

みなさまにおかれましては、お健やかによいお年をお迎えください。